2002年5月分


いよいよワールドカップが始まる。

今大会の注目は、もちろん熟成が始まった「アフリカ・サッカー」である。平塚で順調な調整が行われたナイジェリア、お騒がせだったカメルーンは、台風の目的存在となるだろう。ただ、ナイジェリアは、アルゼンチン、イングランドという、強豪チームと同じ組にいることが気がかりである。注目は別として、是非とも優勝して欲しいのはドイツとイングランドだ。

元々、私は南米型と呼ばれるようなサッカーが嫌いで、ヨーロッパ型の組織プレイが好きだ。中でも、パワーとスピードが両立し、素晴らしいスピード感が信条のイングランドとドイツのサッカーが好きなのだ。もう、どちらも代表チームの監督の経験までしてしまっているのだが、イングランドのケヴィン・キーガンやドイツのフランツ・ベッケンバウワーは、若い頃の憧れの選手であった。どちらも代表チームのキャプテンであったという共通点もあるのだが……。

-----------------------

今回のワールドカップ。

韓国は非常に得をした国であろう。本来ならば日本の単独開催であったはずのところへ、強力なコネクションとワイロ攻勢で、共同開催まで食い込んできたのだ。オリンピックに代表されるような、大規模な国際大会の開催国となるということは、その経済効果は計り知れない。カメルーンの騒ぎで一躍有名になった中津江村だけでも、その効果は10億円といわれている。

したがって、国単位でみたその経済効果は、大変なものである。韓国といえば、少し前にはソウルでのオリンピック開催があった。このときも、北朝鮮の妨害工作などの様々な危険が提唱される中、見事に成功を修めている。このときも誘致のために札束攻勢をかけたことは有名で、IOCの主だった役員にはドルで6桁の「付け届け」が行われていた。

それだけの出費を10人以上の役員にしたとしても、国全体が受ける経済効果を考えれば、屁でもないのだろう。先進国と更新国の中間に位置する韓国が、一気に先進国の仲間入りをするためには、なりふり構わぬ……といった感じか?

スタジアムの建設や、そこまでのアクセスを円滑にするインフラの整備、宿泊施設、ワールドカップ関連グッズ……観戦する人々が落としていく現金……国内での需要の喚起と貨幣の回転率の向上だけでなく、韓国という国名を世界でメイジャーなものにすることで、その後の外交や交易に多大なプラス面をもたらすことが出来るのだ。

10〜20年の間に2度の大規模国際大会の開催国となった韓国の今後の飛躍は、非常に大きなものとなるだろう。

-----------------------

ここのところ、陽気は夏か? と思わせるような暑さとなり、海の水温も高くなり始めている。

だからといって、まだ裸で海に飛び込めるほどの気温でも水温でもない。しかし、長袖長ズボンのウェット・スーツ(いわゆるフルスーツ)で海に入るには暑い、といった中途半端な季節である。そこで、新たにウェット・スーツを購入することにした。一口にウェット・スーツといっても、生産するメイカーだけでなく、スーツそのものの種類も多くあって、結構迷うことになる。

最も暖かいのが、ドライ・スーツだ。これは読んで字の如く、水中にあっても身体が濡れない、防水性の非常に高いスーツだ。しかし、裏返せばゴムの服を着るようなもので、肌の滑りを良くするパウダーを塗さないと、着るときに痛い思いをする。その下がセミドライ・スーツだ。最も重要な部分、胴体のところだけがドライ仕様になっている。関東近辺の冬はこれで入る人が多い。その下がいわゆるウェット・スーツで、全身がジャージ生地で出来ている。3mm、5mm、3mm/5mm併用など生地の厚さで暖かさが変わる。

ここまでが「フルスーツ」である。私は、この冬、3mm/5mmの併用にインナーと呼ばれる撥水加工をした下着を付けて入っていた。インナーを着るというのは、動き自体は妨げられる方向に向かうから、余り歓迎されない。その分、撥水加工や防水加工が施された「裏地」の発達が著しい。今年の冬は、この裏地が発達? したものを使おうと思っている。

これからが、水温が上昇した際の様々なヴァリエイションなのだが。半袖長ズボンのシーガル。これが最も意味がないと私は思うのだが。次がスプリングと呼ばれる半ズボンタイプだ。これには半袖と長袖(ロング・スプリング)があり、これからの季節、最も重宝しそうなタイプだ。次が袖なしタイプのジョンだ。長ズボンタイプ(ロング・ジョン)と半ズボンタイプ(ショート・ジョン)がある。これは夏用で、珊瑚礁などリーフから身体を護ったり、水中に長くいる場合に身体が冷えるのを防ぐ。

私が購入しようと思っているのは、半袖半ズボンタイプの「スプリング」か「ショート・ジョン」のタイプだ。というのも、現在のフル・スーツでは日焼けがカッコ悪すぎるのだ。手首、足首、首のそれぞれ先だけが黒くなってしまうのだ。これを夏までに少しでも是正するためには、腕や脚を露出するしかない。

日焼け問題はさておき、パドリングなどの身体の動きそのものを妨げることを考えると、肩の部分が露出しているジョンのタイプが良い。長い季節を使うことを考えれば、スプリングのタイプが良い。まさに帯に短し襷に長しなのだが……。本来は様々な種類を手元に置き、気温や水温に適したスーツを選択すればよいのだが、置き場所の問題や経済的な問題によって、なかなかそういうわけにはいかないのだ。価格の面では、当然使っている生地の量から見てもジョンのタイプが安い。

おそらくはスプリングのタイプに落ち着くものと見られるが、ジョンを衝動買いする可能性もあるし、長袖セータータイプの「タッパー」を買う可能性もある。しかし、タッパーは下半身が無防備になってしまうから、多分買わないだろう。

本日、定時で職場を上がり購入、明日海デヴュといこう! と思っている。


2002.5.28

過去を振り返ることは好きではないのだが。

例えば、歴史を学ぶことによって、現在の国や社会の在り方が分かる、というメリットはある。過去に何度も書いているアラブ・イスラエル問題は、聖書の時代にまで遡らなければその対立の構図が理解できない。もうずいぶん前の事件になってしまうが、イラン・イラク戦争も、その対立の根は「古代文明」の昔まで遡らなければならない。

イラン・イラク間の問題は、色々な事柄が絡み合っている。大まかに整理してみると、人種の違い(アラブ人とペルシャ人)、宗教宗派の違い(スンニー派とシーア派)、歴史的に譲られることのない河川(チグリス川)の領有権問題ということが挙げられる。この中でも先の戦争の直接的な引き金になったのだがチグリス川の領有権問題だ。お互いに川の向こう側までが自国の領土であると主張して譲らなかったのである。

この中東諸国における河川の問題というのは、我々が考えるよりも遥かに深刻である。言うまでもなく砂漠の国々であるから、水は何にも増して貴重であり、戦略的な道具として使うことが出来る。河川を領有する国は、水を他国へ売ることが出来るのだ。イラン・イラクの河川領有も、相手に対して水を法外な値段で売りつけようという意図が明確に見えていた。

現在、危機感が高まっているインド・パキスタン問題も、このイラン・イラク間の対立と非常に似ていることが分かる。インド人とパンジャブ人、ヒンドゥー教とイスラム教、カシミール領有問題と、人種・宗教・領土という基本的な3つの要素に違いはない。

我々日本人には理解し難いところがあるのだが、人間は宗教が違うというだけで信じられないぐらいに憎みあう。これはヨーロッパなどの文化的に成熟した地域でも変わることがない。人類の過去を振り返ってみると、キリスト教の魔女狩りを引き合いに出すまでも泣く、宗教の名のもとに死んでいった人々が最も多いことがわかる。

歴史というものは、集団としての人間を捉えるという意味では非常に役立つ。しかし、個としての人間は、到底捉えることは出来ない。個としての人間に、過去は必要ないと私は思う。自分が付き合う相手の生い立ちや育ってきた環境などを知ったところでその人自身を捉えたことにはならない。アウトラインをなぞるだけで、核心部分には一向に触れることはないからだ。確かに生い立ちや育ってきた環境は、個としての人間の人格形成に少なからず影響を与えるだろう。

しかし、そういった要素がその人の人格や性格を決定付けているかと問われれば、答えはノーである。アウトラインをなぞることでは到底把握しきれないところに、個としての人間の広がりというか、懐の深さのようなものを感じるのだ。

この人の存在が、自分の未来にどのような関わりや影響をもたらすだろうか? こう考えれば、過去は関係ない。気に入れば、好きになれば、愛すれば、相手が例え殺人鬼であったとしても構わないのである。世界中を敵に回そうとも、気に入った、好きになった、愛した人を護れば良いのである。ここまで深く関わることの出来る人との出会いは、滅多にあるものではないが、このような人間関係が気づかれることが理想であろう。

愛することではなく、愛されることを望む人は、上記のような感情を持ち得ないかもしれない。受け取ることとだけを考えていて、与えることを考えていない。これでは赤ん坊と同じである。しかし、逆に考えれば、赤ん坊を愛することというのは、与えるだけで受け取ることは期待していないはずである。こう考えてみれば、純粋な愛情表現がどんなものであるかが見えてくるだろう。

「何の見返りもなく、ただ与え続けること」こそ、理想的な愛情表現である。


2002.5.27

「家」とはどんなところだろうか?

滅多にないことなのだが、家に仕事を持ち帰ることがある。コツコツと積み上げて、その蓄積が結果となるような仕事だ。これを職場でやっていると、中断されることが多い。とにかく突発事態への対応を中心に、イレギュラーな事柄を纏めて引き受けているような部署だから、拙速を旨とするようなところがある。とにかくスピードなのだ。こういう職場だから、前述の積み上げるタイプの仕事は、どうしても後回しにされるきらいがある。

後回しにしてきたツケを払うために家に仕事を持ち帰って、静かな環境で集中して片付けてしまおう! という意気込みとは裏腹に、家に帰るとアルコールは吸引するは、音楽などの雑音は多いは、奥さんの相手はするはで、結局職場でやっているのと同じようなペースでしか片付かないのだ。

そうなると、溜まった仕事を片付けるために休みの日に朝から駅前の喫茶店やファスト・フード店へ行き、咥えタバコで狭いテーブルに資料やら計算機やらを広げることとなる。こうした店の中の雑音というのは、仕事をする上での妨げにならないのが不思議だ。職場や家で聞こえる音とは完全に違い、精神的に遮断できるものとして認識されているためであろう。話し掛けられることもないし、誰かと話さなければならないこともない。安心して集中できるのだ。

ということは、自分の住まいに「書斎」なるものがあったとしても、仕事の進み具合は余り変わらないことを意味している。家にいれば、雑音や相手にしなければならない人以外にも、自分の好きなものが全て手元にあるから、集中が切れやすいことは確かだ。音楽をかけて仕事をする場合にも、好きな音楽しかかけないから、気づくと仕事ではなく音楽に集中していたりする。ちょっと休もうかな、というときも、ついつい雑誌などを読み始めてしまい、気づくと1時間以上経過していたりする。

家とは、居心地が良いことが一番だ。誰でもそうあるべく努力していることだろう。好みのインテリアや小物、食べ物、飲み物などに囲まれてゆったりと過ごせることが「家」の第一条件である。したがって、家にいるときは寛がなければならないのだ。仕事をしたり、仕事に準じることを「一生懸命」することは、してはならないことである。こう書いてしまうと、SOHOの「home office」の部分など、私には出来ないことを意味する。

というよりは、家ではダレてしまって集中できない、というだらしのなさを露呈しただけの話しになってしまった。


2002.5.24

奥さんは、部屋の模様替えが好きだ。

インテリアの配置を四半期に一度は変更しようとする。しかし、我が家には自転車とサーフボードという「大物」があるため、他の物を移動したところで大して見た目が変化することはない。なにしろ、この大物たちは、部屋の一角から移動できないからだ。自転車は、上下二段にラックできる仕組みになっているので、私のChuteなどその美しい機能美をディスプレイされ、インテリアの一部になっているのだが。

玄関は、以前にも書いたが、私の力作であるレンガ貼りの床や壁、自作の靴ディスプレイ棚などによって、結構良い雰囲気を醸し出している。さらに正面の壁には、タペストリ代わりのアンティークの藍染めが掛かり、落ち着いた雰囲気の演出に一役買っている。このタペストリも、季節やシチュエーションによって掛け替えられる。

トイレなどは、先日、私の好みが全く反映されていないものに変えられてしまった。便座カバーから何からすべて「淡いピンク」に統一され、メルヘンチックなポストカードが額に入れて飾られ、トイレットペーパーをストックしておく棚には、目隠しのためのテディ・ベアのカーテンまで掛けられる始末だ。はじめのうちは、他人の家のトイレか? という錯覚に陥るほどであった。小便を飛ばして汚すな! などという注意まで与えられ、私としてはたいそう息苦しい思いもした。

このようにして、部屋への気遣いを怠らない奥さんであるが、部屋が汚れることに関してはかなりのレヴェルで無神経である。要は掃除が嫌いなのだ。

折角のピンクのトイレに、下の毛が散乱していても気づかない。食堂のテーブルの下に、綿埃が堆積していても気づかない。結婚当初は「気づかないフリ」をしているのかと思ったものだ。しかし、時間が経つにつれて、本当に気づいていないことに私が気づいた。そのくせ、私は杉花粉の次にハウス・ダストに弱いなどと平気で口走るのである。

こうなると、当然私が「お掃除主任」に就任させられたことは言うまでもない。私は掃除機かけを趣味にしているところがあるから、適任だと思われたのだろう。趣味にしているとはいえ、私とて掃除が好きなわけではない。はじめると徹底してやってしまうタイプである、というだけの話しなのだ。お掃除主任に就任させたことで、彼女は安心したらしい。

「部屋が汚れているね」と指摘しようものなら……

「お掃除お願いね!」

……とくるのである。鏡や食器棚のガラスが汚れているのは気に入らない、とガラス・クリーナーで磨くくせに、床面にういてはまったくやらないのである。昨年の年末に、家中の木部(当然ながら、床の面積が最も大きい)のワックスがけをしたのも私である。彼女はといえば、ソファでビールをお召し上がりになっていた。

まぁ、一人で暮らしているわけではないので、お互いが目の届かないところ、手の届かないところをカヴァーし合うことが良いことなのだと思う。


2002.5.22

久しぶりの出社である。

何を隠そう、この体力だけがとりえの私が「高熱」に魘されて2日間欠勤していたのだ。

キッカケは先週の大阪出張に遡る。16日の朝、ホテルで目覚めたとき喉に違和感があった。前の晩は午前1時過ぎまで飲んでいたし、ホテルの部屋というのは空気が極度に乾燥しているから、それが理由の違和感であると理解していたのだ。しかし、その日の仕事をこなし、帰りの新幹線に乗ったときもまだ違和感は消えていなかった。家に帰り、酒を飲み始めても消えないのである。

その頃になってはじめて「風邪をもらったかな?」という考えが頭の中を過ぎったが、いつもの通り「寝れば直るさ」ぐらいにしか考えなかった。翌日起きてみると、喉の違和感はハッキリとした「痛み」に変化していた。やはり風邪をもらったか? とも思ったのだが、海水で消毒すれば直る! と海へ出かけた。気象情報から判断して、湘南が絶対に良い……はずであったが、見事に外れた。結局海に入ることなく、午前7時過ぎには帰宅。そのままその日は寝て過ごすことになる。海水で消毒するはずだった喉はそのままで、いよいよ痛みは明確になり、食べ物を飲み込むときにかなりの痛みを発するようになっていた。

ヤバイかな? と思いつつも、翌日は湘南よりも確実性の高い千葉へ出かけることにして寝た。この2日間で睡眠時間自体は結構取れているから、肉体的には休養充分だ。しかし、翌朝には喉の痛みだけでなく、全身のダルさをかすかに感じていた。それでも、海へは強硬に出発。予想通り千葉は、何とか滑れる程度のウネリが入っており、ターン一つくらいはできる程度の状態であった。潮が引けば、もう少し遊べるだろう。そんな具合で、5時間も海にいた。

どうもヤバイという感じは、海に入る前からあった。車の屋根に載せたボードを下ろしたり、ウェット・スーツに着替えるだけで息が切れるのだ。沖へ向かうパドリングなど、ゼェゼェいってしまうほどである。海から上がって遅い昼食を食べるときなどは、ほとんど無理やり喉を通す感じであった。帰りの車の運転中から身体が熱くなってきて、発熱してきたのが体感できる。それもみるみるうちに……という感じで体温が上昇していくのだ。しかし、意地を張って海へ来たのであるから、最後まで意地は張り通さねばならない。

土曜日の時点で、喉の痛みは奥さんに報告してあった。当然ながら「直らなければ海は禁止!」という厳しいお言葉を頂いた。しかし、先週は出張で休日を潰しているので海へは行けなかった。また、日曜日に海へ入らなくても、発病は確実、という確信があった。それならば苦しい思いをしても海に入ったほうが良いという結論に、もちろん私の心の中だけで、達していたのである。したがって、日曜の朝「もう、直った」という報告を奥さんにしたことは言うまでもない。

しかし、家に帰り着き荷物を下ろした時点で完全にダウン。ビールをコップ一杯飲んだだけで、世の中がグルグル回り始めた。仕方がなく奥さんに実情を報告し、ベッドへ入ることにした。夕食時、熱を測ってみると「38.8℃」もあるではないか! 喉は何もしない状態でもズキズキと痛み、食べ物など喉をとおる状態ではない。それでも無理に少量の食べ物を食べ、多少の栄養補給をした。すぐにベッドでダウン。10カウントを聞く間もなく意識が薄れる……というわけにはいかないのである。

伊達に普段から体力男を標榜しているわけではない私だ。意外にも元気なのである。読もうと思って買ってあった本を半分ぐらいまで読み、サーフィンのビデオを1本観て、11時に就寝。という、普段と何ら変わることのない、休日の夜を過ごしたのである。これにはさすがの奥さんも心配を通り越してあきれ果て、勝手にすれば? という捨てゼリフを残して先に寝てしまった。

それから薬を飲んで寝たのだが、2時過ぎに目が覚め(このへんがいつもの私と違っている。いつもなら寝たら朝までまっしぐら、というのがパターンだ)、タバコを1本と水分補給。この水分補給が苦しい。喉が痛くて飲めないのだ。それでも、昼間のサーフィンでも大量の水分を失っていることもあるから、何とかコップ一杯半の水分を補給した。ついでに熱を測ると「39℃」であった。

月曜の朝。起床時間は会社へ行くのと同じである。もしかしたら直っているかもしれない……などというとんでもない期待をもっての目覚めだ。全身が熱い。奥さんなど「側に寄るだけで熱を放射しているのを感じる」という失礼な発言をするほどだから、相当な熱さだ。早速熱を測ってみる。「39℃」当然、会社へ生かしてもらえるわけもなく、病院へ車で連れて行かれる。その車中で私は、タバコを吸いながら無駄話や昨日のサーフィンの話しなどをしまくり、見た目だけは全く普段と変わりない。

そんなわけで、帰りは勝手に帰れ……というヒドイお言葉を残して奥さんは仕事へ。病院では僅か5分ほどの診察時間のために1時間近くも待った。症状を医者に告げると、金属のヘラで舌を押されながら喉を除かれる。私はこの金属のヘラが嫌いだ。以前、これで舌を押されたときゲロが出そうになったことがあるのだ。その後聴診器を当てられる。「喉が大分腫れてますね。胸は異常なし」といわれ、会計を済ますと、処方箋を持って近くの薬屋へ薬を取りに行く。家に帰ると、さすがに疲れていた。少しの距離を歩くにも結構息が切れる。

10時半過ぎには家に帰り着いた。早速「中華風おじや」を作り、食べる。これは乾燥貝柱と干し椎茸の戻し汁を合わせたものを薄めて塩胡椒・醤油で味付けし、冷ご飯をブチ込むだけだ。最後に溶き卵を入れて仕上げえる。見た目はゲロっぽいが、味は素晴らしい。喉の痛みから、少量しか食べられない。半分以上を残した。薬を飲んで、読書をはじめた。その間にできる限り水分の補給を行う。午後からは熱さましの頓服を使った急速冷却作戦を決行するのだ。熱を測ってみると「39.3℃」であった。

午後2時になる頃、再びおじやを少量食べる。頓服を飲み、キック時代の減量のようにスウェット・パンツを2枚履き、半袖長袖のティシャツを重ね着し、その上からトレーナーを着る。さらには首にタオルを巻いて布団の中へ。 さすがに苦しい。しばらく本を読んでいると、突然、という感じで汗が噴出し始めた。それから約3時間、濡れたティシャツを替えながら寝たきり減量急速冷却作戦を敢行した。6時半過ぎ、奥さんが戻ってくる頃には、かなりの汗を搾り出していた。6時半の時点で体温は「36.5℃」。私の平常体温の1℃増しというところまで下がった。

不思議なもので、体温が下がればのどの痛みも和らぐ。当然といえば当然で、喉の腫れが体温の上昇を招いているのだ。一気に体温を下げたこともあって、随分と疲れた。体重計に乗ってみると、3kgも減っているではないか。それでも食欲はあまりなく、少量のおじや(最後の残り)を食べて、11時過ぎまで読書をして寝た。

翌日は会社に出ようと思えば出られたのだが、体力回復を建前に半分サボリだ。さすがに熱が下がると一日家にいるのは退屈だ。映画、サーフィン、音楽とビデオを片っ端から観ていく。さらにはシリーズ物の小説を読んでいく。そんな感じで時間がノロノロと過ぎる。夜は泡盛を1本近く飲んで、今日は若干二日酔い気味で出社した。

39℃という普通の人ならば、倒れるほどの高熱でも、私は結構楽しんで時を過ごすことが出来た。


2002.5.15

明日明後日と、大阪へ出張だ。

-------------------------

昨年の大型連休中に、バジルやタイム、パセリなどのハーブの種を植えたことは書いた。加えて月桂樹、ローズマリーの株も購入していた。種たちの末路は、間引きなどでいじりすぎてしまったためか、夏前に全滅してしまったことも報告したような気がする。ある程度育った株たちはどうなったか? ローズマリーは3月に入るまでまったくノートラブルだったのにもかかわらず、どうも元気がないな……と気づいたと思ったら、あっという間に枯れてしまった。

結局残ったのは月桂樹だけということになる。

これに懲りることなく、3月に入るとパセリ、バジルの種を蒔いた。少し前にボヤ騒ぎでプランターを一つダメにしているから、残ったプランターは一つだ。ここへパセリとバジルを半々に蒔いた。今度は間引きの必要がないように、かなりの間隔を取って種を蒔いた。したがってプランター一つでは種は余ってしまうから、玄関脇の土を穿り返して腐葉土を混ぜ、小さな「畑」を作った。

プランターと畑は向いている方向が正反対になる。こんな状況の中で、それぞれの育ち方が違ってきていることに気づいた。畑はやや北向きで午前中に日光を浴びる。ベランダは午後の日差しが長く当たる。畑ではパセリの生育が良く、プランターではバジルの生育が良い。日光に当たる時間の関係なのか? 土壌の関係なのか? ハッキリしたことは分からないが、それぞれの生育具合をこれからも見守りたい。

また、畑は本来植え込みがある場所の一角を勝手に耕したものだから、雑草や無視の被害がすごい。しっかりと耕したつもりであったのに、パセリやバジルの間からクローバーや名も知らぬ草が芽を出してくる。雑草の駆除だけでも結構大変だ。それに加えて、小さな緑の尺取虫がパセリの葉を食い荒らす。元々バジルは、虫除けのために勝手口に植えられていたような草だから、無視の心配はないのだが。パセリの近くに生えているミントは、完全に食い尽くされてしまった。こうしたことは、ベランダのプランターには起こらない。

しかし、プランターのほうに問題が発生していないか? と問われれば、答えは決してノーではない。というのも、ハーブたちが発芽してしばらく経った頃、見慣れぬ芽が5〜6本ニョキニョキと生えてきたのだ。しかもハーブのような草っぽい芽ではないのだ。「木の芽」とはっきり分かる力強さを持っている。よくよく考えてみると、すっかり忘れていたのだが、心当たりはしっかりとある。正月に沖縄へ行った際に買ってきた「シークワサ」である。

奥さんからは、気候が違うのだからだとか、泡盛の中に絞ったものでアルコールに浸かっていたのだから、芽なんか出るはずはない! と散々言われていたシークワサである。私も半信半疑のところがなくもなかったが、とにかく植えてみよう、芽が出たらラッキーだと思っていたシロモノだったのだ。それが元気に健気に芽を出したのである。大事に育てて自家製のシークワサを収穫したいものである。

ところが、一つのプランターにバジル、パセリ、シークワサが同居することになる。育っていく過程で問題が発生することは十分に考えられる。しかし、成長過程である現在、掘り出して別の鉢に移すというようなことは出来ない。このまま育てていき、パセリやバジルが終わる秋以降にシークワサは移動するしかないのだ。

今年は何とか食べられるところまでいけるのだろうか?

-------------------------

ハトの脅威。

今日の昼は、職場近くの公園で食べた。この公園は、100×200mくらいの大きさで、公園内のそこここに欅の大木が生えている。カラスやスズメ、ハトなどの御馴染みの鳥たちが屯する場所でもある。サンドウィッチを食べていた私の目の前に2〜3羽のハトがいた。それを確認した上で、パンの端っこを投げてやった。するとどうだろう。公園中に散らばっていた100羽あまりのハトたちが一斉に低空飛行で集まり始めたではないか!

パンを投げてやったところを目撃していたのは、私の目の前のハトだけであるはずである。そのハトが他のハトに向かって何か信号を送ったようにも見えなかった。公園中のハトたちが低空飛行に移ったのは、投げてやったハトがパンに向かって歩き出した瞬間である。何を察知して集まったのか? 野生の勘? 自然の脅威? それともやはり何か信号を発していたのだろうか?

それにしても、大量のハトが低空飛行でこちらへ近づいてくる様は圧巻である。恐怖すら感じるほどだ。


2002.5.14

ジャガイモとは、便利な食べ物である。

まだあると思っていた米が、底をついてしまったときなど、主食の変わりになることは言うまでもない。また、煮て良し焼いて良し蒸して良し揚げて良しと、調理の方法もヴァリエイションが広く、そのときの気分や状況などに柔軟に対応した味付けで食べることができる。他の野菜や肉、魚などとの相性も良いから、一品で主食もおかずもこなせる、一粒で何度も美味しい食べ物でもある。

こんなことを書いているのも、先週私が出張しているとき、奥さんは面倒で買い物を殆どしなかったのだ。したがって、昨日帰ってみると我が家には野菜も肉も殆ど残っていない状態で、どうしようか? と少し考えた末に「アジア風味付けイモ」と「アンチョビとキャベツのパスタ」と「在り合わせの野菜のサラダ」という、非常食に近いメニューとなったわけである。

アジア風味付けイモといった御大層なネーミングの割には、この料理ともいえない料理のレシピは非常に簡単だ。ジャガイモ適量にパセリとバジルの乾燥刻み(通常販売されている物)、ポイントとなるのがクミン・シードだ。先ずはオリーブ・オイルを多めに入れたフライパンで、弱火でジックリと焼く。この焼くというところだが、焼くと揚げるの中間ぐらいの感覚だ。急ぎすぎると焦げてしまうので、火加減はあくまで弱火を貫く。

爪楊枝などで刺してみて、仲間で火が通ったらクミンと大蒜のスライスを入れる。大蒜がパリパリのチップになったら塩&胡椒で味を調える。最後にバジルとパセリを振って出来上がりだ。

酒の肴と主食を兼ねた素晴らしい味わいは、とてもではないが手のかからない料理とは思えない。

パスタは、以前にも書いたが、アンチョビの油とオリーブ・オイルを加えて、やや多めくらいの量にする。これに大蒜(スライスせず、叩き潰したものが味も香りも立ってベターだ)と鷹の爪を数本加えて弱火で炒める。鷹の爪の色が変わってきたら、アンチョビを入れてさらに炒める。アンチョビが溶けたら、強火にしてキャベツを加えて炒める。適度なところで塩と胡椒を加えて出来上がりだ。野菜から出た水は、飛ばさずに残しておくことと、キャベツが柔らかくなりすぎないことがポイントだ。

ほぼ同時進行で茹でていたパスタは、結構固めで上げる。湯から上げたパスタを火にかけたフライパンの具と混ぜる。野菜の水はパスタに吸わせるのだ。ここでもう一度熱を加えるので、野菜はやや硬めにするのだ。これで出来上がりだから、二品作るのに約30分というところだろうか? 非常食にしてはたいそう美味な出来上がりである。

手早くできるが、美味い。一捻り加えてある。これが毎日の食卓を豊かにするポイントだろう。


2002.5.8

今日は午後から出張へ出る。行き先は、岡山だ。

というわけで? 出張へ出ている間に、このTextを読んでいただいた方にちょっとご協力を頂きたいと思う。ちょっとした質問をするので、掲示板に「それはヒドイ!」とか「君の言う通りだ」などという回答を書き込んでいって頂ければと思うのだ。

どうかよろしくお願いします。

-----------------------

その1:トイレで事を済ませた後、手を洗うか否か?

私は、基本的に洗わない。小さい方も大きい方もだ。小さい方の場合は、イチモツに直接触るから、かえって事を始める前に洗う場合はある。特に外出先などでは、何に触っているかわからない。大きな方は、オフィスでも自宅でも「ウォシュレット」であるから、まったく手を洗う必要がない。たまにウォシュレット無しのトイレで事を済ませたときも、やはり洗わないことが多い。

ただ一つ例外があるとすれば、ウォシュレット無しのトイレで尻を拭いているとき、勢いあまってトイレットペーパーを指が突き破り、直接接触があったときぐらいだろう。

果たして私は、汚いヤツなのだろうか?

-----------------------

その2:長毛種の犬を丸刈りにするのは、ヒドイことか否か?

現在我が家で犬を飼うことが検討されていることは、以前にも書いた。色々条件を固めていくと、海に入れるから「短毛種」が良い、泳ぎが上手い方が良いの他、はじめは小さい種類の犬がよいなどという意見も飛び交い、収拾がつかなくなってきている。

そんな中で候補として絞られつつあるのが「ミニチュア・ピンシャー」「トイ・マンチェスター・テリア」「各種リトリーバー(ゴールデン、フラット、ラブラドール)」だ。その他、中型あるいは小型のテリア系も数種類ラインナップされている。こうした中でミニピンとトイマン、ラブは短毛種だ。それ以外は割と体毛が長い種類に入る。こうした長毛種の犬は、やはり海に入れば毛を乾かすのに時間がかかる。奥さんは底を心配するのだが。

私は画期的な解決方法を編み出した。「私のバリカンを使っての丸刈り作戦」だ。この画期的革新的必殺技を発表したときの奥さんは、半ば泣きながら半ば笑いながらこう言った。「それじゃ短毛種を飼った方がいいじゃない! 丸刈りにしちゃったら、何の犬か分からなくなっちゃうでしょ!」というものであった。

人様に見せるために飼うのではい。言わば「我が子」として育てるのだ。子供を親のセンスで飾って何が悪い! と開き直ったのだが……。

私はヒドイヤツなのだろうか?

--------------------------

回答してやろうという方は、こちらから。


2002.5.7

大型連休サーフィン合宿。

今週は、明日から日曜日までの出張を控えている。その準備でアタフタとしていた連休前(もちろん、今日もアタフタしているのだが)、すっかり忘れていた準備が一つあり、久しぶりに超集中モードで定時に仕事を上げた。というのも、以前にも書いた修理に出していたボードが退院してきたのである。今回の合宿に連れて行こうと考えていたので、急いで帰宅し、車で取りに行った。

退院してきた我が愛機は、フィン・ボックスを交換し、破損したフィン・ボックス周辺の手術痕も生々しく、まさに退院したて、といった感じであった。ちょうどセール中のハードケースをその場で購入し、それに収めて家へ連れ帰った。

翌日は友人夫婦と9時に現地で落ち合うため、それほど早い出発ではないのだが、相変わらずギリギリまで何もしない我々バカ夫婦は、夕食後になって初めて合宿の準備に取り掛かった。とはいえ、2泊3日ずっとサーフィン漬けとなるのだから、着る物も持っていく物も大した量ではない。少し大きめのツアー用バッグ一つに入る量である。それよりも、ボードのほうが問題だ。前回の破損時に懲りて、今回は予備のボードを加えた3枚を持っていく。これが果たしてラックに積めるのかどうか?

結果は翌朝分かった。3枚のボードを重ねると、普段使っているゴムとナイロンベルトを併用したストラップでは長さが足りずに固定できないのだ。仕方がなく旅行に行くときに使っている、長いナイロンベルトを使って固定した。これは何度も海外や沖縄などで使っているから、信頼度は抜群だ。3枚重ねで多少空気抵抗は大きいが、その後の移動でも特に支障は出なかった。

初日の波は、サイズこそなかったものの、そこそこ形が整ったファン・ウェイヴで、奥さんも相当な数をこなせたようだ。私は、新しいボードで前回からの課題となっていた、如何に力を使わずボードを動かすか? ということにチャレンジした。結果として、テイクオフしたら波の底まで下り切らずに、斜面でターンすることによって、かなり思い通りのラインを描けることが分かった。というのも、ボードの接水面積が少ない方が当然ながらコントロールは容易い。斜面の途中でターンする方が、ノーズを持ち上げるのも楽だし、勢いがついているから波との摩擦抵抗も増え、小さな力でコントロールが可能なのだ。

さて、友人夫婦は神奈川から東京湾フェリーでやってくる。このフェリー、普段は結構空いているのだが、さすがに大型連休。フェリー乗り場は普段使用しない人々で溢れ、結局2本見送って乗れる、という異常事態であったそうだ。

午前9時から午後3時まで、目一杯波に乗った後、近くのペンションにチェックインした。速攻で一番風呂に飛び込み、身体にまとわりついた潮を落とす。直後の「風呂上りのビール」は、やはり格別の美味さであった。この「海から近い」という状況は、肉体的にも精神的にも楽である。片道数時間もかけて車を運転し、波乗りという割とハードなスポーツをこなし、再び数時間かけて家に戻る。これは渋滞などでさらに過酷な状況へと変化する。湘南辺りに居を構え、波乗りと仕事を両立しようと考える人々が多くいるのも頷けるというものだ。

一日中酷使し、さらに一番風呂で火照った身体で、夕方の心地よい風に当たりながら寛ぐ……合宿中の我々夫婦の楽しみになったことは言うまでもない。

二日目。風は南風となり、いうわゆるオン・ショアの風となった。こうなるとウネリが持ち上がって波となる前に、風によってウネリの頭が崩され、パワーのない、しかもそこら中で波が崩れる「グチャグチャ」のコンディションとなる。それでも南風の影響で気温は上がり、肉体的には寒さや水の冷たさを余り感じることのない、どちらかといえば良いコンディションとなった。何とか捕まえられる波を探して、ワン・ターン程度のショートライドを繰り返した。

サイズ的には、風に押されることによってできるウネリが入って、少しずつ大きくなっていく感じであった。しかし、グチャグチャのコンディションは変わらずで、私としては退院したボードの再デヴュにはちょっと不満な状況であった。やはり我が愛機は、長さこそニュー・ボードと変わらないものの、グッと細身で、その分コントロール性が抜群だ。もう少し良い状況で再デヴュさせてやりたかった。これに対して奥さんはというと、前日掴みつつあったニュー・ボードの勘所を本物にしようと積極的に波を捕まえようとしていた。

サーフィンが終われば、前日同様風呂上りのビールでマッタリな時間を過ごす。ペンションの夕食は、大して期待もしていないが、アルコールの種類が限られているのが面白くない。しかも持込みが禁止されているのだ。禁止するなら種類の充実は、ペンション側の義務だと思うのだが。海辺のペンションで、酒について煩く言う人間がいないのか? 思っていても文句をつける人間がいないのか? 我々が酒屋で買ったバーボンのポケット瓶を持ち込んだことは言うまでもない。

しかし、ペンションのオーナーがサーファーであると、ペンションのサーヴィス自体は、サーファーにとって嬉しい、痒いとことに手が届くものが多々ある。例えばシャワー。外から直接シャワー・ルームに入ることができたり、洗濯機(水着やラッシュガードなどを洗う)が使用できたり、タオルや水着、ウェットスーツを干すための物干しが完備されていたりするのだ。これのおかげで、我々夫婦は毎日清潔な水着を着、乾いたウェットスーツを着用することが出来たのだ。

三日目。食事も早々に荷物を纏めて、チェックアウトの準備に入る。前日より吹きつづけていた南風は止んでいない。食事前にチェックすると、案の定海はグチャグチャのコンディションだ。この日は、南風をかわすことのできるポイントをチェックしてみることにする。しかし、前日までの波情報(iモードで配信される)では、このような好条件のポイントには相当数のサーファーが集中するようだ。「激混」という文字が波情報に付加されている。

5箇所ほどそういったポイントをチェックしてみたが、やはり相当な混雑で、車を止めるスペースも確保できないような状況だ。しかし、それだけ波の方はパーフェクトに近く、集中するのも仕方がない。前日から吹き続けている南風の影響で、ウネリ自体のサイズはかなり上がってきているのだ。このようなポイントでは、1日海に入っていても、ゲットできるのは2〜3本、しかもひとつの波に5〜6人がテイクオフするから、トラブルも起こりやすい。条件は悪いが、混雑のないいつものポイントに戻ることにした。

我々のホーム・ポイントとも呼べるこのビーチは、さすがに人が少ない。しかも、思ったよりも状況は悪くないようだ。前日ほどのまとまりのなさもなく、しかもサイズは最もアウトサイドで頭オーヴァーはある。インサイドでも腹〜肩、時々頭という状況である。見た目はグチャグチャだが、波を選べば結構楽しめそうだ。オン・ショアとはいえサイズがあるから、かなりパワーもあるようだ。しかし、オン・ショアのコンディション特有の、次から次へとウネリが入る「波数多し」という状況(オフ・ショアではウネリが定期的に入る)ではあるのだが……。

サイズがあって波数が多い、という状況では、ゲティング・アウトがキツイ。一つかわしたと思うと、もう次の波がやってきているのだ。しかもパワーもあるから、体重が軽い人や体力のない人、女性、根性のない人はアウトサイドへ出ることも難しい。事実、奥さんは殆どアウトに出ることも出来ず、インサイドに波に乗っていたが、アウトで崩れずにやってきた大きなウネリに巻かれて、ズゴズゴと退散したのであった。ちなみに、彼女をフォローしておくと、折角準備万端整えてやってきても、海に入らず帰ってしまう人がいるくらい、状況はハードであったのだが……。

私は、体力男の名に恥じない、強引なゲティング・アウトでアウトサイドの波を堪能した。こういう大きくてパワーのある波では、ボード・コントロールは容易だ。ちょいと体重移動してやればスンナリ向きを変えてくれるのだ。その分、慎重で微妙なコントロールが必要になるのだが、小さい波でコントロールすることを思えば、比べ物にならぬほど楽にできる。グチャグチャのコンディションであるから、一本の波でロングライド、というわけにはいかないのだが、アウトからインサイドへ波を上手く繋げば100m近いライディングが可能だ。

大きな波でのロング・ライディングは楽しい。スピード感やスリルは、小さな波では味わうことの出来ない感覚だ。しかも波のパワーと切り立った斜面は、テイクオフのパドリングも少なくて済む。しかし、このパワーと急斜面は、当然のことながらリスクも含んでいる。切り立った斜面は、急激にほれ上がってブレイクするが、テイクオフのタイミングを間違えれば、ノーズを斜面に引っ掛けてあっという間にひっくり返される。波に巻かれれば、足がつかないほどの海底まで連れて行かれるから、しばらくは上がってくることも出来ない。そうした危険性と隣り合わせであることが、難しい、厳しい状況を突破することによって得られる充実感が、エクストリーム・スポーツの本質である。

しかし、多くの体力と時間を使ってアウトサイドへ出ても、ほんの僅かな時間で岸まで戻ってしまう。再び体力と時間を使って沖へ出て行く……考えてみれば、随分と燃費の悪い行動である。

こうして1日約6時間、3日間の合宿を終えた。私も奥さんも充実した合宿を送ることが出来た。それぞれに反省点や達成感を持ち帰ることが出来た。しかし、これだけの時間海にいれば、いくら対策は施していようとも「日焼け」は避けられない。私の顔は再び「赤鬼」状態となり、強引にガムテープで皮を剥いてしまった鼻からは血がにじんでいる。しかも日焼けはウェット・スーツのおかげで変則的だ。すなわち、首から上、手首から先、足首から先だけが黒くなっているのだ。赤褐色の覆面、グローヴ、ブーツを履いているようで、たいそうカッコ悪い。

既に真夏の顔になっている、我々バカ夫婦であった。


-もどる-