2001年2月分


2001.2.27

格闘技との出会いを思い起こしてみた。

最初の出会いは、相撲だろう。今でもそうなのだが、あまり興味を示さなかった記憶がある。次は何と言ってもプロレスだろう。私の家は結構厳しい? ところがあって、こういう「野蛮」なものをあまり見せてもらえなかった記憶がある。A・猪木やG・馬場が全盛のころだ。今のように技のバリエーションも多くなく、パワーと気合が勝負のプロレスだったような気がする。

大きな衝撃を受けたのは、テレビ版「空手バカ一代」だ。極真会館の創設者、故・大山倍達氏の半生記を描いた傑作だが、アニメの所々に大山氏本人やその他の方々の実演が入る。瓦割りやビール瓶切りなどなど、当時としては非常に衝撃的だった。

時を同じくして、極真会館の試合や実録物? がテレビ東京(だと思う)で放映されていた。一対一の真剣勝負は、まだ格闘技の何たるかも分からなかった私にも、ある種神聖な何かを感じさせてくれた。このころから人知れず、瓦割りや板割りを始めた。

本格的に格闘技を意識したのは、やはり「ブルース・リー」の映画を観たときだろう。まだ名にも知らない頃だから、彼の操る格闘技を「空手」だと思い込んでいた。このような思い込みは、私のほかにも多くの人がしていたようで、これを期に空手を始めた人が多かったらしい。彼のアクションもさることながら、技を繰り出す際に発する奇声やヌンチャクなどにも憧れた。

完全に格闘技に傾倒するキッカケとなったのがA・猪木の異種格闘技戦だ。柔道や空手、ボクシングなど、プロレス以外の格闘技との闘いだ。今でこそ「バーリ・トゥード」などでこの種の闘いは当たり前となったが、当時はやはり衝撃的であった。

その後は、プロレスからUWF系の格闘技プロレスに興味が移行した。先ずはこの手のビデオを入手し観戦する事から始めた。その後格闘技専門雑誌(格闘技通信、GONG格闘技など)を定期的に購読するようになり、後楽園ホールなどに実物を観戦に行ったりした。

格闘技雑誌の最初の目的は、UWF系の情報を追いかけることであったが、掲載されているキックボクシングの情報に目が止まった。元々ブルース・リーや極真などの打撃系格闘技が出発点であったから、一気に興味の対象がこちら側へ移ったことは言うまでもない。試合も定期的に観戦するようになり、ビデオもたくさん集めた。

こうなると、過激なスポーツを好む性格から、実際に体験してみたくなる。迷わずジムに入門することに決定し、ジムのリサーチを開始した。いくつかのジムを見学したが、現在のジムに行ったところ、ピンとくる何かがあった。その場で入門し、現在に至っている。

入ってから分かったのであるが、我がジムは「キック界の虎の穴」と呼ばれるほど厳しい練習を行うことで有名なのであった。しかし、それを当たり前だと思って続ければ、何と言うことはない。入門者としてはかなりの高齢であったが、基礎体力だけは長年鍛えてあったから、結構あっさりと練習について行くことができた。

体を使うこと、頭を使うこと、いろいろあるが、自分の可能性を探求したり追及したりすることは、大事なことだと思っている。のほほんと現状に留まって、それに満足してはいられない。何が自分に向いているか? やってみなければ分からないのだ。特に肉体的な限界が近づきつつある年齢になってきたから、今後5年は肉体的な可能性の探求に重きを置くつもりでやっている。

というわけで、エクストリーム系スポーツへの探求は続くのである。


2001.2.26

2.26事件があった日だ。改革と革命を夢見た若き将校たちの、善悪は別として、心意気には大いに共感する。

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「餃子の皮」を自作してみた。

先ずは道具を揃えるところからスタートだ。東急ハンズなどには、手打ち蕎麦セットなどというものが売られているのだが、餃子の皮だからそこまでの大げさな道具はいらないだろう。下に敷く板はまな板で十分、のし棒は檜製があったが、木材売り場から適当な棒をチョイスした。というわけで、道具に要した金額は、僅か250円であった。

さて、材料その他を列挙してみよう。

・材料

薄力粉と強力粉を同量、熱湯を適量、打ち粉に強力粉を適量。

・その他

直径8〜10cm程度のコップ(型抜き用)

・作り方

ボウルに粉を入れ、熱湯を加えたら表面が滑らかになるまで練る。団子にして、ラップに包んで10分程度寝かせる。まな板に打ち粉をタップリ振り、のし棒にも打ち粉をタップリ付ける。団子を1/4にして(残りはラップに包んでおく)のし棒で伸ばしていく。厚さが2mmくらいになったら、コップで型抜きし、さらにのし棒で形に注意しながら厚さを整える。

あまった物を再び団子にし、のし棒で伸ばす。あとは繰り返し。2度目のあまりは、次の団子に加えて作業を繰り返す。

・注意点

打ち粉はタップリだが、振りすぎると皮の乾燥を早める。

できあがった皮は、重ねておく(既製品のように)と乾燥しない。

多少小さめに作っておく。既製品よりも伸びるから、具を入れるときに引っ張るようにして包む。

といったところだろうか? なれない作業であったため、多少の戸惑いと時間的ロスはあったが、結果を先に言えば、大成功であった。1/2カップずつの粉で、約24枚は皮が作れる。多少の失敗を考慮しても、20枚は固いラインだ。今回は水餃子を作ったのだが、肉汁が飛び散るジューシーな仕上りは、小籠包(? 字が合っているか不安)のようだった。基本的には、焼き餃子の場合は薄目に、水餃子の場合は厚目に皮を作るといいようだ。

イタリアンだけでなく、中華もレパートリーが広がっていく。

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昨日は先延ばしとなっていた、弟のボートのシェイクダウンに行った。

なんとも寒い日に当ってしまった……とガックリしながら出かけたのだが、現場まで行って、弟が燃料を手に入れてないことが発覚、シェイクダウンは中止となった。昨日は北風が強く、遮る物のない平地の湖(印旛沼をシェイクダウンに選んだ。関東の湖は、概ねこんなものだ)は、想像を絶する寒さだ。体感温度でいけば、3〜4℃は違うだろう。

つい数年前までは、自分もこんな状況下で釣りをしていたと思うと、何とも言えず寒々しい。これが山間のダム湖なら、入り組んだ地形と岸壁、岩盤によって風のない場所がいくらでもあり、日向であれば小春日和のような温かさを味わうことができる。冬場はシーズン・オフと称してほとんど釣りに行かなかったことを思い出した。

船だけでなくエンジンも新品だから、そちらの慣らしもしなければならない。暖機運転に10分、デッド・スロー走行が15分、低回転、中回転、高回転とエンジン回転数を保った運転を続けることによって、エンジンの慣らしを行うには、風は大敵だ。デッド・スロー走行時など、ちょっと強めの風が吹けば、あっという間に流されてコントロールを失う。強風が吹き荒れれば、波が走行やエンジンへの負担を増す。

というわけで、シェイクダウンはもっと暖かくなってから行うことになった。ホッと胸をなでおろしたことは言うまでもない。


2001.2.22

最近の中華料理に「マヨネーズ炒め」というものがある。

魚(白身)や海老、イカなどの魚介類との相性が非常に良い。大抵は剥き身の海老で作るときが多い。今回はフリッターにした海老とイカで試してみた。結果を先に書くと、非常に美味かったが、フリッターの衣は余計だった、というところか? 味や旨味を良く吸うという意味では衣は大正解だったのだが、今回はマヨネーズということもあり、かなり油っこくなってしまったのだ。ただ、衣をつけないとマヨネーズが具に馴染まないというデメリットもあり、まさに「痛し痒し」「帯に短し襷に長し」という感じだ。

フリッターは、小麦粉と片栗粉にベイキング・パウダーを加えて作る衣で、フワッと&カリッと仕上るという特徴を持っている。天麩羅を美味しくあげる隠し技としても応用できる。昨日もマヨネーズ炒めを作る前にちょっとフリッターを試食してみたが、軽く香ばしい見事な天麩羅? に仕上っていた。

さてマヨネーズ炒めだが、先ずはネギと生姜の微塵切りを作っておき、煙が立つほど熱したシナ鍋に軽く油を引いてサッと炒める。十分に香りと旨味が出たところへフリッターを投入する。ネギと生姜を軽く絡めて、マヨネーズ(キューピー辛子入り)を好みの量投入する。素早く煽ってできあがりだ。

イカも美味いが、特に海老が美味い。白身の魚でも抜群の美味さになるだろう。

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そうそう、明日はちょっとした用事が午前中にあるので、会社は休む。午後は練習に行くのだ。というわけで、明日の更新はお休みだ。


2001.2.21

我が家の酒類の消費量を分析してみた。

毎週、資源ゴミの日に棄てるボトルの数や、酒棚に乗っているボトルの数を加味して分析してみる。毎日、夫婦それぞれが3〜5杯程度のアルコールを摂取している。内容はストレートだったり、ソーダ割りだったり、カクテルだったりするから、消費量は一様ではない。

酒棚のボトルを見てみると、バーボン、ジン、テキーラ、ラムは銘柄は一定ではないが、必ずある。さらに泡盛やワイン、黒糖焼酎、グラッパやマールなどのブランデー類、スパークリング・ワインがちょくちょく並ぶ。そしてカクテル用のホワイト・リキュール、ミント・リキュール、ブルー・リキュール、ベルモットなどがある。

ゴミとして棄てられるボトルの数から類推すると……。

・ウィスキー系:3〜5本/月

・ワイン系:3〜5本/月

・ジン、テキーラ、ラム:2〜3本/月

・その他:2〜3本

ということになる。値段にバラつきはあるが、2500円平均として考えると、25000円から40000円もアルコール類で消費していることになる。量的に換算すると(750ml)、7.5Lから12Lだ。一般的な平均がどれくらいかが分からないから、どうなのかは何ともいえないが、私自身の感じでいくと「結構、飲んでるなぁ」だ。

消費量ついでに、その他の物についても考えてみた。

先ずはパスタ。これは、かなりスゴイと思う。週に3回は食べているから、1ヶ月に軽く1kgは超える量だ。もっとスゴイのがホール・トマトの缶詰だ。一度に10缶はまとめて買うが、1ヶ月もたない。日本の一般家庭では、トップクラスの消費量だろう。これに肩を並べるのが、バジルだ。トマトソースなど調理に使うだけでなく、サラダなど生で食べる量も多いのだ。文句なくトップクラス入りするだろう。

アンチョビーの消費量もトップクラス入りするだろう。1ヶ月の消費量は5缶以上だ。その他オイルサーディン、ニンニク、生姜……黒胡椒もかなり多い。イタリアとの貿易を考えた際、イタリアは、我が家に対しては大幅な黒字だ。


2001.2.20

昨日はやっと冬も終わるか? と思わせる気候で、たいそう過ごしやすかった。

春に生まれたから、春が好きか? と言われれば、夏が好きだと答えるだろう。しかし、それぞれの季節に、それぞれ好きなところがある。夏は朝、冬は夜、春と秋は昼間が好きだ。季節の移り変わりを空気で感じるのが好きだ。

春は冬が終わり、氷が溶けるように空気が緩んでくる。微温湯のようにリラックスさせる空気だ。その空気が夏に向かって徐々に密度を増してくる。梅雨の時期は1年でも特別な時期だ。「じっとり」と感じるか「しっとり」と感じるかはそれぞれだが、空気の重さが最も高くなる。空気の重さに潰されるように活動する意欲がなくなってしまう。

夏になると密度は高いのだが、強烈な太陽のおかげで、いくらか重さは少なくなる。早朝のひんやりとしているが濃密な大気が良い。様々な生命の臭いを含んで、静かだが活力に溢れている。強烈な太陽光線は、ジリジリと人も物も焼くが、それにも増して活動しよう! という意欲を与えてくれる。

秋は徐々に密度が下がり始めた空気が、冬に向かって冷たさと固さを増していく。密度が下がり始めると同時に、透明感が増してくる。しかし、徐々に冷たさを増してくるのを感じると、物悲しいような寂しいような気持ちになる。「日溜り」で一日じっとしていたくなるような、脱力感を感じさせてくれる季節だ。

日増しに冷たさと固さを増していく空気は、密度が下がり切ると「クリスタル・グラス」のように透き通った感じになる。それでいて軽いのだ。寒いのはイヤだが、こういうときは夜が良い。冷たく固く透き通った空気が、遥か遠くまで見とおす力を与えてくれるような気がする。しかし、氷を抱いているようなものだから、そのような高貴な気持ちはあっという間に萎んで、暖かく緩んだ空気が恋しくなる。

ちょっとらしくない感じになってしまった。普段、血と汗と革とその他雑多な悪臭に包まれる機会が多い私にとって、空気に変化に敏感になるのだ。春を心待ちにし、春になれば夏を心待ちにする。夏になればいつまでも夏でいて欲しいと願う。

最後は収拾がつかなくなってきた。

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いつもお願いしているクリーニング屋の斜無かいに、英国車専門のレストアショップがある。英国車専門だが、その店はさらに専門的で、ロータス専門なのだ。したがって、全国のロータス・ユーザがこの店を利用している。関西や中国地方のナンバーを見かけたりもする。

この店にもっとも多く訪れるのが、ロータス・ヨーロッパだ。

以前にもその憧れ度合いについては語ったことがあるが、目にする度にその憧れは強くなる一方だ。全高107cm、最低地上高11cmというペッタンコな形にもかかわらず、今のデザイナーでは絶対に出せないようなスタイリッシュさ、1600ccNA(自然吸気)エンジンをミッドシップに配した完璧な重量配分、700kgを切るFRP軽量ボディは、まさに走るために生まれた車だ。

かつては世界最高のコーナリング性能を有すると言われたハンドリング、センター・コンソールで二つに区切られ、バケットシートでホールドされる室内も、優雅だが戦闘的だ。FRPでありながら、強靭なボディ(事故に合い、屋根を下にして200m走っても、ドライヴァーは傷一つ負わなかった)は信頼感抜群だ。

さすがに60年代後半から70年代前半にかけて作られた車だから、いささか草臥れているのが珠に傷なのだが、そんなことは補って余りあるほど、走りの楽しさを味わえる。このころの英国車は、アマチュアイズムに溢れているから、構造や機構がシンプルで、メインテナンスが容易だ。「いじる楽しさ」も同時に味わうことができるのだ。こういったところもファンを惹き付ける要因なのだろう。

色は「サーキットの狼」と同じ、ホワイトもいいが、やはり長くロータスのレース活動でスポンサー・シップをとってきたJPS(John Player Special)のカラーであるブラック&ゴールドが良い。優雅な姿形に精悍さを加えることができる。

ラテンの車も好きだが、今一番欲しい車のナンバー・ワンかもしれない。


2001.2.19

個人的には充実した週末であったが、我が家はてんやわんやな週末であった。

金曜日は、結局試合を見に行くことはできなかった。超集中モードも虚しく、さて出発! という間際にトラブルが発生し、その後ズルズルと8時過ぎまで仕事をしていた。

土曜日。午後から私は練習に出かけた。久しぶりの週末の練習だ。約2時間半、みっちりと汗を絞った。非常に充実した練習メニューを消化することができ、私自身は非常に満足であった。と・こ・ろ・が! なのである。練習後、携帯電話を見てみると、奥さんからの着信が3度にわたりあった。

何事か? と家に電話をしてみると、何と「ギックリ腰」で動けなくなったので大至急戻るように! というのである。大急ぎで戻ってみると、彼女はイギリスのアンテーク・テーブルの脇に正座して、上体を前に傾けた、いわゆる「ひれ伏す」という体勢でシクシク泣きながら私を待ち受けていた。

いろいろ原因究明の調査をしてみたのだが、キッカケになるような重い物を持ったような形跡はないようだ。掃除→洗濯→洗物とこなし、床に落ちたゴミを拾おうとしたところ「ピキッ」ときたらしい。彼女自身、通算3度目のギックリ腰であったため、怪我の酷さは非常に軽いものであることが判明した。

しかしである。その日はほとんど一人で動くことはできず、トイレに行くのも私につかまりながら行く、というありさまであった。「介護」を職業にしている方々がいるが、その仕事の大変さの片鱗を感じることができた。

ギックリ腰は、いわば「腰の捻挫」であるという。ということは、暖めることは禁物だ。あっという間に腫れ上がってしまう。というわけで、まずは冷湿布。そして、寝る前には、タイ国ムエタイの世界に伝わる秘薬「タイ・オイル」を腰に塗り、さらに湿布をするというダブル攻撃で治療に当った。

余談になるが、この「タイ・オイル」。たいそう効く。キックボクシングの試合会場へ行ったことがある人にはお馴染みなのだが、会場全体に漂う強烈な湿布系の香りの正体がこのオイルなのだ。本場タイでは、マッサージ・オイルとして販売されているらしいのだが、瓶には「Boxing Liniment(ボクシング用塗り薬)」と書かれている。あとはタイ語であるため、解読不能だ。

キック界での使用方法は、試合前、このオイルを使って全身の筋肉をマッサージする。その強烈な香りの通り、体はカッカするような刺激を受ける。本場では練習後や試合後にもマッサージしながら摺り込むようだ。効能は実際に試した私の感じでは……打撲、捻挫、筋肉疲労などに非常に効く。鎮痛・消炎効果は抜群だ。

過去、何人かの人々に紹介したのだが、すべての人々から抜群の効果があったという報告を受けている。それほどの効果があるものなのだ。

この治療を続けた甲斐があって、日曜には一人で歩けるようになり、夕方には買い物に一緒に行けるようになるまで回復。今日は仕事にも行ける状態にまで回復した。

というわけで、土曜・日曜は男らしい料理の連発となった。

土曜日は、ナス、タマネギ、ニンジンで野菜のカレーを作った。生姜とニンニクの微塵切りとクミン・シード(かなり大量)を弱火で炒め、そこに野菜を加えてさらに炒める。自作のトマトソース(前に作ったパスタの残り)と水を加えて煮込む。一煮立ちしたらガラムマサラ、コリアンダー、ターメリックの粉末を加え、好みに合わせてチリ・パウダーを加える。最後に塩で味を整え、野菜(特にニンジン)が柔らかくなるまで煮込む。

日曜の昼(朝兼用)食は、前日の残りのご飯をバターで炒め、そこにこれまた残りのカレーを投入したカレー・ピラフだ。バターを多目にすることによって豊かな風味が、カレーを少な目にすることによってドライな仕上りを実現できる。

夕食は、キムチ鍋だ。キャベツ、大豆モヤシ、豚肉(シャブシャブ用)、しらたき、キムチをこの順番で鍋にし、あとは火にかけるだけだ。コーレーグースーなどの、辛味を演出する調味料を加えれば、さらに辛さが際立つ。

そして奥さんの今日の昼食用弁当。はんぺんのバター焼きとウインナー、高菜の漬物というシンプルだが、美味い物ばかりの昼食だ。

そんなこんなで、充実はしていたが、慌しい週末を過ごした。


2001.2.16

今日は18:00から後楽園ホールで、キックボクシングの試合がある。

というわけで、朝から沈黙モードで仕事をこなしている。どういうことかというと……「話しかけたら、ブチ殺す!」というオーラを発散しつつ、脇目もふらずに超集中モードを作り出しているのだ。そうしなければならない理由が、他にもある。私の部署には、人がまったくいなくなってしまったのだ。2人が病欠、1人が出張という、地獄のような状態が朝から続いている。

久しぶりに試合を見る。ここしばらく、試合日となかなかスケジュールが合わずに、行きたいが行けない状態が続いていた。我がジムからも3人の選手が出場するから、楽しみにしている。出掛けに突発事態が起こって(突然の仕事という意味)、行けなくなった……なんていうことにならなければ良いのだが。

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新しいパスタを考案した。

といっても、既製のパスタにちょいと改良を加えただけなのだが。ペペロンチーノ(大量のバジル入り)だ。前々から書いているが、ペペロンチーノは、作り方が非常にシンプルなため、味にバラツキが出る。本当に美味い! と思えるペペロンチーノを作るのは非常に難しいのだ。トマトソースや他の味付けの場合は、ソースや素材を美味く作ることによって誤魔化しが効く。

今回は、バジルの葉を大きめに刻んだものを大量に入れることで誤魔化そうという狙いだ。しかし、今回のトライで、美味いペペロンチーノの感触のような物を掴んだので、ここに発表しようと思う。

ポイントは2つ。先ずは、ニンニクと唐辛子を炒める際のオリーブ・オイルの量だ。ちょっと多過ぎるかな? と思えるほど入れるのだ。ニンニクと唐辛子は、非常に弱火で炒める。こうしないとあっという間に焦げてしまう。最終的には、唐辛子は真っ黒に近い状態まで焦がす方が辛くて美味いのだが、火が強すぎると、辛味がオリーブ・オイルに移る前に黒焦げになってしまう。ニンニクはカリカリになるまで炒めるのが美味さのコツだ。これも弱火で炒めないと、黒焦げになってしまう。

ポイントの2つ目は、パスタの茹で加減と水切りだ。茹で加減はやや固目。こうしないと、次にオリーブ・オイルと絡める際に柔らかくなりすぎてしまう。水切りは、ほとんどしない、というのがコツだ。本来、ペペロンチーノの場合、茹で汁をオイルに加えることによって、オイルの量を加減するのだが、私の発見では、オイルが多めだからこれは必要ないのだ。

最後にフライパンのオイルとニンニク、唐辛子にパスタを投入して絡める。この際、当然ながらフライパンは火にかける。絡めながら、パスタの艶に注目する。オイルを吸ってツヤツヤしてくるのだ。ツヤツヤしないようだと、オイルが少ないから茹で汁を加える。全体的に絡んだな、と思われたら生バジルを投入する。多過ぎるだろう? と思われるくらい投入しても、あっという間に萎んでしまい、量的には丁度良くなるから、力いっぱい投入するのだがコツだ。

これでできあがりだから、実質の調理時間は、ニンニクやバジルを刻む時間を含めても、30分以内だ。これくらいの時間で、そこらのイタリアン・レストランよりは遥かに美味いパスタができるのだから、試してみる価値は十分にあると思う。

これでほぼ完全に美味さを引出すコツを掴んだと思う。またまた我が家のパスタが充実する。


2001.2.15

日曜日、Chuteのシェイクダウンの帰りに、アウトドア系ザックの雄「マウンテン・スミス」のウィザードというザックを買った。

私はこの手のザックや鞄が好きだ。会社へ行く際の鞄はグレゴリーのミッション・パックかキヴァ・デザインズのバッグ。旅行鞄はパタゴニア、リュック・タイプはグレゴリー、メッセンジャー・バッグはパタゴニアとオルトリーブ、ウエストバッグはグレゴリーとマウンテン・スミスだ。公私共にアウトドア・メイカーのバッグ類で固めている。

今回購入したウィザードは、50リッター以上の容量を持つかなり大型のザックだ。前々からマウンテン・スミスのザックは狙っていたのだが、結構なお値段ということもあり、見送ってきたという経緯がある。機能的にもデザイン的にも、ザックというカテゴリーではナンバー・ワンだと思う(思っていた?)。

今回購入のキッカケとなったのは、マウンテン・スミスの輸入元が変更されたことだ。今まではアウトドア関係に明るい会社が輸入していたのだ。したがって、日本からメイカーに送られる要望やアドヴァイスも非常に専門的で、さらなる機能アップや新商品化に貢献してきた。

しかし、輸入元がアパレル関係の会社に変わってしまったのだ。これによって日本から発信される要望やアドヴァイスは、機能や質を求めるアウトドア関係者の物ではなく、ファッション性を重視した物となる。このことから、良識あるアウトドア・ショップはマウンテン・スミスの取扱いから手を引く方向へ動き出した。在庫がなくなった時点で、完全に取扱いが中止されることになるのだ。

この情報をキャッチしたのは、この間(2001.1.22参照)アメ横に行ったときであった。それ以前からアウトドア・ショップのパトロール中に、マウンテン・スミスの姿が市場から消えつつある雰囲気はあった。それに気付いたのは昨年の11月頃であったのだが、この間奥さんのダナーを買ったときに、店員さんに聞いたところこのような事態が明らかになったのだ。

もう一つのキッカケが「値引き」だ。明らかに在庫一掃を狙ったと思われる、ヤケッパチ的値引だったのだ。何といっても32000円のウィザードが18000円だから4割以上の値引なのだ。ゲットしないわけにはいかない。前回のセール時が22000円だったので、さらにお求め易くなったということだ。

これが最後のマウンテン・スミスかと思うと、感慨も一入、一抹の寂しさが交錯する。


2001.2.14

突然、釣りに復帰することにした。

今の世田谷に越してから、まったく釣りをしていなかったのだが、元々はプロを目指そうか? と考えたことがあるくらいの釣り好きだ。釣りといっても、いわゆる「バスフィッシング」と呼ばれるスポーツ性の高い釣りをしている。非常に知的な面も併せ持つ、たいそう面白い釣りだ。

私の弟というのが、かれこれ20年のキャリアを持つフィッシャーマンで、はじめは「爺臭い」だの「ダサい」だのとバカにしていた私も、いつしかその面白さに引きずり込まれた。船以外はすべてのギアを揃えたから、かなりの投資をしたことになる。買ってから一度も使っていないルアーが部屋にゴロゴロしていたものだ。こういう物は、持っているだけで満足な物で、おそらく一生日の目を見ることなく朽ちていくだろう。

バスフィッシングは、季節、天候、気温、水温、風向き、湖の状態、魚の生態といった自然条件をデータ化し、そこに釣る側の創意工夫をぶつける、という非常にゲーム性の高い釣りだ。データを処理し、選び抜いたルアーで大物を仕留めたときの充実感は抜群だ。わざわざバスフィッシングの本場、フロリダまで出向き、自らの理論とテクニックを爆発させた(3日で100匹以上の釣果)ときは、自分は天才ではないのか? と思ったほどだ。

このような理論に、さらにキャスティングの正確性や秘密のルアーなどが加わり、自己満足の世界が広がっていく。自転車と通じるところだが、釣りの世界でプロとしてやっている人間は「オタク中のオタク」と言えるだろう。かく言う私も、一時はかなりハイレヴェルなオタクの領域まで達していた。

前置きが長くなったが、釣りに復帰するキッカケが昨日あったのだ。弟から電話があり、船を買ったから、そのシェイクダウンに付き合ってくれというのだ。彼は今シーズンからプロとして各地を転戦することが決まっており、本格的にシーズンに入る前に準備を整えておこうということらしい。

次の日曜、私は久しぶりに早起きして、船の上げ下ろしからエンジンのシェイクダウンに付き合うことになる。さらに驚きは、3月9日から10日にかけて大阪までの「とんぼ返りロングドライヴ」まで付き合わされるハメに陥った。

これは、船用のキャリアを弟が買いに行くのに、ドライヴァーとして無理矢理借り出されるものである。通販で買えばいいじゃないか! という声が聞こえてきそうだ。確かに、私も彼にそう主張したのだが、取り付け方法に難があるらしい。素人にはかなりの困難が伴うらしい。耐久性や機能に優れた逸品で、プロの御用達だから、長い目で見れば良い買い物なのかもしれない。

仕方がないので、送り迎え付き、食事・飲み物付き、エヴァン・ウィリアムスのバーボン1本で、ドライヴァー役を引き受けることにした。この顛末については、後に詳しくご報告しようと思う。


2001.2.13

以前に書いた(2001.1.19)友人の見舞いに行った。

衛生状態に非常に気を使うため、自分の体調がいい時でないと、見舞うことはできない。大した意味はないとは思うが、出かける前にシャワーを浴び、ヒゲを剃って(アゴは除く)自分自身の衛生状態にも気をつけた。電車に乗って2時間も揺られていれば、それも無意味だと言われてしまえばそれまでなのだが……。

科学療法(抗癌剤の投与)が一段落した現在、本人は非常に元気だ。科学療法中は、食事が取れず、体重が7kgも減ったという。現在は失われた体力の回復期間で、回復と同時に再び科学療法が開始される。このサイクルを繰り返しつつ、病状の進行あるいは回復を見、最終的には骨髄移植で完全に癌を撃退するのだという。

抗癌剤の副作用は、まさに激烈の一言に尽きる。先にも書いたが、体力の大幅な減退を招く。この間に感染症にならないようにしなければならない。また、脱毛も激しく、今の彼は見る影もなく「ハゲ頭」だ。これは、最終的に抗癌剤の投与を止めれば元に戻るとは言うが、現状はあまりにも悲惨だ。黒人ラッパー風のadidasのニット帽をプレゼントしたことは言うまでもない(今回のお土産の中で最も喜ばれた)。

骨髄移植は、科学・医学が進歩した現在でも、完全なる「ギャンブル」であるという。以前では信じられないぐらいの細かい項目に分かれた検査を通して、ドナーとなっても、本当にその骨髄が合うかどうかは、移植してみなければわからないのだという。さらに、移植の際は、完全な無菌状態になり、良い白血球も悪い白血球もすべて科学療法で殺してから行う。したがって、万一移植した骨髄が合わなかった場合には、大変なことになる。このへんがギャンブルと言われる所以なのだ。

何はともあれ、現在は彼に遠くからパワーを送りつづけるしかない。

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奥さんがダンスに復帰した。

かねてから計画していた「高級スポーツクラブ」への入会の夢が潰えたため、運動中毒患者である彼女が選択した道がダンスへの復帰であった。ソウル・ロッキンというダンスは、オールドスクール好きの彼女にはうってつけのダンスだろう。

久しぶりの運動に、死ぬほど汗をかいて、本人は非常に満足そうであった。

すでに、今後の予定もバッチリらしく、何曜日にはこれ、この曜日にはこれ、と週に3本ほどのペースを作っている。「もう、ダンスは止める」という宣言も、ダンス仲間からの誘惑と一度踊り出せば止まらない性格で、あっという間に反故となった。

まぁ、運動不足で欲求不満の彼女を見るのは、辛いので、私としては復帰を祝福したい。

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日曜日に、土曜日の感覚でレイトショーの映画を観に行ってしまった。

当然ながら、日曜日にレイトショーはやっていない。映画館の前に到着するまで、まったくそのことに気付いていなかった我々バカ夫婦は、映画館の前で呆然としたことは言うまでもない。しかも、出かける前に、既にアルコールを結構な量、摂取済みである。「酔っ払いパワー」に溢れている。

映画に振られた腹いせも、酔っ払いパワーをさらにエスカレートさせる要因となって、突然渋谷から我が家まで歩く! という暴挙に出た。二子玉川までだから、確かに直線距離で考えれば大したことはない。しかし、国道246号線は、歩くとなれば結構なアップダウンがあるのだ。そんなことは、素面の冷静さがなければ気付きはしない。我々は怒りと有り余るパワーを発散させるべく、無謀にも歩き出してしまったのだ。

しかし、悪いことに日曜日の夜はたいそう寒かった。冷たい北風が吹き、見る見るうちに我々の頬は冷たくなった。初っ端から予想以上にキツイ登りに直面し、池尻に到着する頃には、怒りは北風に吹き払われ、パワーは小豆粒ほどに萎み、フラフラ状態になっていた。とにかく寒さが厳しい。陽気がいいときなら、おそらく我が家までたどり着くことは可能であったろう。しかし、三軒茶屋に着いたころには完全に負け犬の気分になり、当初の意気込みは跡形もなく消え去り、すごすごと電車に乗ったのだった。

そんなこととは裏腹に、普段車で通り過ぎて行くだけの地点でも、歩いてみれば意外なことに気付く。三宿などは、コジャレた食べ物屋や飲み屋が集まる場所として有名になってしまったが、それ以外にもこの国道246号線沿いには、結構「良さ気(よさげ)」なお店がある。

車のスピードでは絶対に気づくことができない発見だ。この反対に、246号線の上を通る首都高速を走行中にしか発見できないだろう、というお店もあるのだ。これは、高層ビルの上の方にあるお店で、高速道路を走っていると、斜め上方に見ることができるという、ちょっと変わったところなのだ。

辛い思いをしても、タダでは帰ってこないのが、我々バカ夫婦のしぶといところだ。

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昨日は、やっと? Chuteの慣らし走行ができた。

ブレーキもサスも慣らしの段階にあるので、過激な走りは一切控え、ツーリング気分でのんびりと走った。奥さんもGT Zaskerで同行し、登戸までの往復約15kmを走破した。

Chuteの状態は非常に良好で、サスの動きは慣らしの段階とは思えないほど良く動く。現在は100mmに設定しているが、可動範囲いっぱいに動いている。セッティングについても、沈み側はほぼ出たという感じだ。あとは走る場所によって多少のセッティングはしなければならないが、基準は出したと思われる。残るは伸び側のセッティング(これは、走る場所によってかなり変わる)とブレーキ(今回はのんびり走ったので、ほとんど慣らしは行わず)だ。

いわゆるスポーツ・タイプの自転車のサドルは非常に固い。尻のサドルが当る部分は、非常にストレスが掛かる。フルサスペンションならばまだショックを吸収できるが、ハードテイルでは、自らの脚をサスペンションとして使うか、自らの尻でショックを吸収するしかないのだ。

現在ではシート・ポスト(サドルを取り付けるポール)にサスペンション機能を持たせた物も出まわってはいるが、フルサスペンション車のリアサスには適わない。奥さんは15kmをほぼ尻をサドルに乗せっぱなしで走った。当然のことながら、その晩から彼女の尻は猛烈な傷みに襲われたことは言うまでもない。

何せ、競輪学校に入学した選手の卵達が最初に経験するのが、この「サドル・ソアー」と呼ばれる尻の傷みなのだ。その後、尻に固いタコ(サドル・ダコと呼ばれる)ができれば、一端の自転車乗りだと言われるほどのものなのだ。

ややガニ股姿の奥さんはカッコ悪い。


2001.2.9

「美味さの本質」ということについて考えてみた。

その答えは……「料理の80%は材料で決まる」である。要は食材が良ければ、テクニックのような物はあまり必要ないのである。良い食材は高い。例えば、スーパーマーケットのようなところと高級食料品店(紀伊国屋や明治屋)では、同じキャベツ(例)でも値段がまったく違うのだ。違うのは値段だけではない。高級食料品店の食材は、厳選されたまさに高級な物なのだ。

たとえば、ステーキ用の肉。肉の良し悪しは「エイジング」だ。ヴェリー・レアで焼いても、ナイフを入れた際に血が滲まない肉が完璧なエイジングをされた物だ。スーパーの肉はエイジングがなってない。これは仕方のないことなのだが、十分な時間と寝かせておくためのスペースを考えると、どうしても手間を省かざるを得ない。

たとえば野菜。特約農家があるのだろう。鮮度、味、色艶などがスーパーの物と比べれば、まったく違う。また、泥や汚れを徹底的に落し、ほとんど洗わずに食べられる、あるいは調理できる状態になっているのも特筆すべき事項だろう。これは、肉にもいえる。

本物や本格という言葉は、とかく「高価」なものと決まっている。しかし、食材に限って言えば、高ければ高いほど美味い料理ができる。

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本場のスパゲッティ・カルボナーラのレシピをイタリア人から聞いた。

というわけで、昨日の晩は早速そのレシピで、本格派のカルボナーラに挑戦した。本場では生クリームは使わない。したがって、できあがりはかなり黄色みを帯びた物になる。早速今まで我が家で作っていたものと比較してみよう。

*今までのレシピ

1.パンチェッタをカリカリになるまで炒める。

2.パルメジャーノを大量におろし、卵黄と生クリームを和える。さらに炒めたパンチェッタを加えて和え、濃厚なソースを作る。

3.パスタを茹でて、ソースと絡める。黒胡椒を大量にふってできあがり。

*本場のレシピ

1.皮付きベーコンとニンニクのスライスを、ベーコンがカリカリになるまで炒める。

2.パルメジャーノを大量におろす。卵をそのままパルメジャーノと和える。

3.パスタを茹でて、炒めたベーコンとニンニクとフライパンを温めながら和える。(ベーコンの油をパスタが吸うように……がポイント)

4.チーズと卵のソースと絡め、大量の黒胡椒をふってできあがり。

大して変わらないように思えるが、本場の方が遥かにあっさりとした味わいになる。今までのレシピは、それはそれで美味いのだが、ちょっとしつこく、どちらかといえばフレンチに近い味わいがあった。何よりも皮付きベーコンが美味い。スモークの香りも高く、皮がコリコリしていて、パンチェッタの比ではないのだ。

2種類のカルボナーラが作れるようになった。これで我が家のパスタのレパートリーが、また豊かになった。


2001.2.8

今日は朝から肉体労働だ。

セルフ・ヴィンテージを進めるために、Lee101で出勤&作業をしている。セルフ・ヴィンテージを進めるにはやはり肉体労働が一番だ。腰回りや足などにヒゲが入るし、太腿の部分が擦れて色落ちが強くなる。まぁ、一日ぐらいではどうってことはないのだが……。

45RPMの方は、生地も厚く染めもしっかりしているため、なかなか育成が進まない。現在の状況は、尻を中心にかなり良い色に落ちてきており、太腿には薄っすらとヒゲが入ってきている。順調な育成具合だ。仕上がりまでには、あと2〜3ヶ月と見ている。

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久しぶりにDHチームのミーティングを行った。

今日の昼、たまたまメンバーが集まる機会があったため、急遽ミーティングとなったのだ。DHコースの本場は長野県に多い。白馬岩岳や富士見パノラマなどなど。長野出身のメンバーの話しによると、これらコースの雪が解けるのは5月になってかららしい。というわけで、それまでは平地でのトレーニングが中心となる。

トレーニングとは、BMXのレース・コースやトレイルを走って、バイクの動きやジャンプに慣れることが中心となる。本当は足腰と腕の筋力アップと持久力アップも必要なのだが、これはメンバー各自の裁量に任せることとなる。埼玉県にあるBMXコースを活動拠点に、春までの強化練習が決まった。

前後にサスペンションが付いているからといって、DHコースを楽に下ってくることはできない。サスペンションで吸収し切れない衝撃や左右へのコーナー・ワーク、ジャンプといった事柄への対応は、自分の手足をサスペンションの替わりに使わなければならない。3本も下れば手足の筋肉はパンパンになってしまう。

DHはほとんどサドルに尻を付けている時間はないのだ。

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ここ数週間、仕事に追いまくられているため、明るいうちの時間の経過が恐ろしく早い。

午前中など、気が付いたらお昼だ。息つく暇もない、とはよくいったものだ。午後も、気が付けば3時とか4時になっている。このTEXTもそういった仕事の中でコソコソと更新している。したがって、アップする時間がまちまちになってしまうし、他のコンテンツの更新も滞ってしまっている。

各コンテンツでいくつか書きたいと思っていることもあるのだが、なかなか時間的な余裕ができない。さすがに小説だけは、これだけ追いまくられていると、思い浮かぶ物も思い浮かばない。というわけで、自らを追い込むためにも、ここで今後アップする予定のものを列挙しておこうと思う。

SPORTS

「運転技術について考える」の続き。

「海のエクストリーム特集」

BICYCLE

「Chute」新画像及びスペック

「Foes Weasel」新画像及びスペック

「DHチーム活動報告」

MUSIC

「マーカス・ミラー研究」

「連載 ベーシスト列伝」

BOOKS

「大藪春彦研究」

「大藪作品の研究」

といったところだろうか? 歩みはのろいが、着実にものにしていきたいと思っている。あまり期待せずに待つこと。


2001.2.7

イスラエルの首相選挙の大勢が決した。野党のシャロン氏の勝利が決定的らしい。

私の予想に反して、野党は党首のシャロン氏を候補に立てた。彼は、1982年にイスラエルがレヴァノンに侵攻した際の国防大臣だった人物だ。このレヴァノン侵攻の目的は、当時活動拠点をレヴァノンに置いていたPLO他パレスティナの組織を一掃することだった。

この紛争でパレスティナ難民の虐殺行為があったということで、シャロン氏は批判の矢面に立たされた。しかし、パレスティナ側もかなり汚い手を使って攻撃を免れようとしていたのだ。というのも、PLOのレヴァノン本部ビルには、非戦闘員である幹部の家族を住まわせ、イスラエルが攻撃を加えれば自動的に非戦闘員をも攻撃したことになるようにしていたのだ。

これは、中東の国家元首たちが良く使う手で、イラクのフセインも油田や軍事施設など重要拠点に民間人や外国人人質を強制的に住まわせ「人の盾」を作ったりしていた。敵が強硬に攻撃を仕掛ければ、虐殺だとか非戦闘員がいるのを知っていて攻撃したという批判をできるようにしているのだ。

どちらにしろ、パレスティナ側はシャロン氏と握手をすることすら拒否するというくらいに彼への不信感を露にしている。バラク氏がこれまで築いてきた和平への道は閉ざされることはないが、遠のくことは間違いない。

シャロン氏の掲げる政策のトップ・プライオリティは「治安の回復」である。しかし、彼への不信感を反映したテロや衝突は増加することが見込まれる。そのためパレスティナ人への取り締まりはさらに強化され、それに反発してまたテロや衝突が増加する……という悪循環が起こるだろう。

アメリカも政権交代が終わったばかりであり、いきなり混乱の中東情勢を捌けるかどうか? 今後の動きに注目したい。

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ベースを弾いていると、結構面白いことに気付く。

先ずはギターとキーボードのこと。

ジャズを始めた当初は、ギターと一緒にやるのが嫌いだった。特にキーボードとギターがいるバンドでベースを弾くのが苦痛だった。これは、ギターの側からもいえることなのだが、ギターはキーボードと一緒に演るのが嫌いだ。バッキングの際、コードが「ぶつかる」からなのだ。ジャズ系の音楽では、バッキングも自己主張の場であるから、ギターとキーボードはコード楽器としてぶつかることになる。

そのようなぶつかり合いの中で、ベースの主張できるスペースが減ってくる、というのが第一の理由だ。そこから派生して、コード楽器の音数の問題が出てくる。ギターはいっぱいに使っても6音だが、キーボードは10音でコードが表現できる。初めは音が厚くなるという理由でキーボードを支持していたが、そのうち煩いという気がしてきたのだ。

ギターとキーボードはコード楽器という共通点はあるものの、ソロ楽器としてみた場合はまったく別物の楽器になる。ソロの際にキーボードが左手でコードを弾くのがたまらなく煩く感じられてきたのだ。そういった観点から、いわゆるキーボード・レスのバンドでベースを弾くのが好きになった。その分リズムキープとサウンドの厚みを出さねばならないという責任は大きくなるが。

次は同じリズム楽器であるドラムとの関係。

これは、完全に相性というか、もって生まれた「ノリ」の問題になる。

いわゆる「ノリ」には、前ノリと後ノリという関係と縦ノリと横ノリという関係がある。これが一致しないドラマーと組むと、たいそう苦労する。タイミングが合っていても、トータルでリズムを見るとバラバラに聞こえるのだ。また、バンドのスタイルやサウンドを決定付ける「グルーヴ」がメチャクチャになってしまう。

私が学生時代に長いこと組んでいたドラマーというのは、前ノリの縦ノリであった。一方私は、後ノリの横ノリというまったく逆のノリを持っている。こういうドラマーからはジャズに必要な「スウィング感」は絶対に出てこない。しかし、ベースだけがそれを出そうとすると、バンド全体のノリに影響を及ぼしてしまう。したがって、どちらかが合わせなければならなかったのだが、ドラマーくんは自分にノリに気付いていなかった。仕方がなく私が合わせていたのだが、非常に苦痛であった。

私は細かいハイハットとパンチの効いたバスドラが好きだから、ロック系のドラマーとはあまり合わない。ソウル系のドラマーが好きだ。ルーズだがスィング感のあるリズムを作るドラマーが、相性としては一番いいと思っている。

ベース弾きは結構好みにうるさいのだ。


2001.2.6

家族との繋がりについて考えてみた。というのも、昨日奥さんの会社でこんなことがあったのだ。

奥さんの同僚が風邪で会社を休んだ。仕事上、どうしても連絡を付けなければならなかったのだが、携帯電話にかければ出ない、自宅の電話は住所録が間違っていてダメ……というかなり厄介な状況となった。休んだ同僚というのが、役員の息子という関係なのだが、困った彼女は役員に電話して番号を確かめようとした。

ところが、である。「お恥ずかしい話ながら、息子の住所も電話番号も分からない。ついこの間、引っ越したらしいが、それぐらいしか分からない」という解答が帰ってきたのだという。彼女の会社には、履歴書を提出した際、現住所と電話番号を「絶対に親には教えないで欲しい」ということを書いてきた社員が他にもいるのだという。

わたしの周囲にも、兄と非常に仲が悪く、口をきくのもイヤ、顔を見るのもイヤという友人がいる。私自身は、彼の兄とも仲良くしているのだが、私の知る限り、この兄弟が話をしているところを見たことがない。小学生の頃からの付き合いだから、かなり長くなるのだが、彼らが仲違いした原因はわからない。お互いに語ろうとしないのだ。

肉親であるにもかかわらず、なぜこのようなことになってしまうのだろうか? 肉親であるからこそ、憎悪の根は深いという言葉もあるが、肉親であるからこそ許すことができるのではないだろうか? とも思う。子供の頃のコミュニケーションの不足や、トラウマとなるような出来事が許せない原因を作るのだろう。

私の場合は、父に対して非常に感謝の気持ちを持っている。

部屋にこもる弱々しい子供とならなかったのは、ひとえに彼のおかげだ。虫取りや魚釣りにはじまり、キャンプなどのアウトドアのテクニック(父はアマチュア・登山家だった)は、すべて父から学んだものだ。また、幼少の頃から刃物を持たされ、手入れのし方から使い方までを仕込まれた。刃物は「非常に危険だが、反面非常に便利な物」というきちんとした概念を持つことができた。

手先が器用で、大工仕事から簡単な家電製品の修理までこなせる父の姿というのは、単純な精神構造の持ち主である私にとって、まさにスーパーマンに近い崇拝の対象となった。また、惜しげもなくその技術を教えてくれたし、根気良く危なっかしい私の作業にも付き合ってくれた。

スポーツに関しても、野球やサッカー、水泳などを習わせてくれた。今の私の基本となる部分が形作られたのは、随分と幼少の頃だったのだ。

当時はまだ週休二日制度などなく、ビッチリと6日間働いてかなり疲れていたことと思う。疲れた体に鞭打って、エネルギーの塊のような子供に付き合うことは、今考えれば、とてつもないエネルギーが必要だったことだろう。日曜の夜はヘトヘトだったに違いない。

私は弟がいるが、彼とも非常に仲が良いから、所詮は肉親と仲の良くない人の気持ちは分からない。しかし「親孝行したいときには親はなし」という状況にだけは絶対になりたくない、と思っている。


2001.2.5

スポーツクラブ見学は中止になった。

というのも、入会金、入会保証金などなど合わせると、二人で「100万円!」というトンデモナイ金額となることが判明したのである。確かにキレイだし、設備も環境も言うこと無しに整ってはいるのだが、週1〜3回程度の頻度で、これだけの金額(しかも年会費、毎回の使用料は別途)はどう考えても高すぎる。

我々はしがないサラリーマンなのである。

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昨日は、久しぶりに多摩川から東急大井町線界隈を散策した。

多摩川河川敷をブラブラとスタート。天気はそこそこ良いし、風も弱く絶好の散歩日和。休日の午後ということもあって、犬の散歩をしている人が多い。河川敷という広々としたところだから、リードを外して犬も自由に動き回っている。この河川敷で最も多く見かけた犬は、リトリーバー犬とミニチュア・ダックスだ。リトリーバーは水が好きだ。水量が減った多摩川にザブザブと入っていき、とても嬉しそうだった。ダックスは非常に明るい性格だから、飼い主の周囲をグルグル走りまわって、やはりこちらもたいそう楽しそうだ。

河川敷だから、当然スポーツ人(「すぽーつにん」と読む職人とかの「人」と同じ意味)もたくさんいる。テニスをやっている人、キャッチボールをやっている人、バスケットの重いボールでバレー・ボールをしている無茶な人々、野球の試合をやっている人たち、サッカーをやっている人たちなどなど。

公園のような遊具が設置されているところでは、小さな子供を連れたファミリーが多い。また放水路などの堤防や河原が見渡せるスポットには、カップルがイチャイチャしている。さらには外国人(ある少年野球チームの監督をしている人もいた)が多く見られるのも、世田谷という土地柄か?

その後坂を登って環状八号線沿いを歩く。

ここは外車の中古車販売がさかんだ。最も多いのは、私の嫌いなドイツ車の販売店で、メルセデス、ポルシェ、BMWが圧倒的に多い。イタリア車専門のお店も少なくない。そこで発見したのが、フェラーリ512BBという、今や幻となりつつある名車。70年代に作られた車だから、そろそろ30年近い歳月が流れているはずなのに、さすがはフェラーリだ。まったくその容姿に衰えは感じさせない。

大井町線沿線の商店街にも足を伸ばしてみる。

お金持ちが多く住んでいる街だろうと、そうでなかろうと、駅前商店街の雰囲気というのは変わらない。ポツンと行列ができるような美味しい物(ラーメンであったり、寿司であったり、けーきであったりするが)を食べさせる店があるにはあるが、全体的な印象は「ちょっと下町風」といったところか?

帰りに我が家の最寄駅の商店街で、夕食や酒、その他の買出しを済ませて、総距離約12kmの散策を終えたのであった。

歩きで移動する、ということは、様々な寄り道や方向転換が可能だということだ。気ままに、マイペースで移動し、気が向けば休み、立ち止まり、寄り道する。そうかと思うと、突然コースを変更して別の方角へ進んで行く。さらには足を伸ばしたくなって、ちょっと遠くまで電車で移動する……。あらゆる我侭に対応できる、のんびり型の移動なのである。


2001.2.2

世田谷には、温泉の出るところがある。

国道246号と環状八号がぶつかるところなのだが、ここには大きな施設がある。いわゆる温泉施設、いわゆるスポーツクラブ、いわゆる超高級リゾート施設……と世田谷のお金持ちの皆様を癒す施設だ。

スポーツクラブは、都内でも最古といわれる老舗中の老舗らしい。設備やサービスも整っていて、シャワーや風呂はもちろん温泉を利用できる、という至れり尽せりなのだが、その分料金の方も目が飛び出るほどの金額らしい。

超高級リゾート施設というのは、この敷地の中でも最も奥まったところにあり、その実態を窺い知ることは難しい。入会金も250万円だとか300万円だとかいわれる、まさにお金持ちの方々の施設だ。有名会社の社長やら芸能人やらという方々が会員に名を連ねているのだ。

このスポーツクラブへ入会しよう! という企画が突然持ちあがってしまった。奥さんは一度見学に訪れたことがあるのだが、そのとき以来ここをいたく気に入っているのだ。こういうことには金に糸目をつけない性格の彼女、既に今度の日曜日に再度見学に行く約束をクラブと取り付けてしまっている。もちろん、そこには私の同行も含まれている。

わけあって年明けからダンスとは縁を切っている奥さんなのだが、元来運動をしないといられない「運動中毒患者」であるところは私と同じだ。運動不足になって一ヶ月、そろそろ禁断症状が現れたらしい。彼女の計画では、水泳とウェイト中心に鍛え込み、おまけに私からキックボクシングを習おうということらしい。ということは、私も彼女と共に入会し、彼女と共にトレーニングしなければならないということだ。

ジムで鍛えるほかに、スポーツクラブでも鍛える。それはまったくかまわないのだが……。「二人ではいれば、入会金が安くなるから!」と言われても、ビビるなぁ……。

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ここ最近、週末になると雪だとか、風邪だとか突発事態が起きていたため、すっかりエクストリームな生活から遠ざかっている。

我がChuteも、部屋の中でブレーキとサスペンションの慣らしを待っている。もう二週間あまりも、部屋でChuteを眺めるだけの生活が続いている。今やすっかり物干しがわりの状態で、ジーンズやタオル、濡れたアウターなどがぶら下がっている。

これくらい寒いと、海の方(スキムボード、サーフィン)もウェット・スーツでも防げないほどの寒さだし、雪の上でするエクストリームとは縁がないしで、完全に活動ストップ状態だ。横ノリ系の感覚を戻すために、スケボーでも復活させようか? などと考えている。ロングのスケボーなら、移動するときに乗っても楽だし、いいんじゃないか? と思う。

今月中にはChuteの慣らしを終えて、完璧に飛べる状態にしたいと思っている。

20〜30kmまでは、ツーリング状態で大人しく乗る必要があるから、近いうちに多摩川の河川敷でツーリングを行い、そのときにブレーキの慣らしも同時進行で進めるつもりだ。丁度良いギャップや盛り上りを見つけても、飛びたい! という誘惑と戦わなくてはならない。さらには、伸び側と沈み側の減衰力のセッティングも出さなければならない。

こういった慣らしやセッティングが出たら、本格的に山へ行く前に、BMXのレースコースやトレイル(ジャンプのための山を作った私設コース)を走って、新しいセッティングに体を慣らす。ここまでくれば、本格的に山を走っても、転倒やコースアウトを少なくできるはずだ。

エクストリーム系スポーツも、暖かくなる前にやっておかねばならないことが山積みだ。


2001.2.1

辛さへの飽くなき追求は続く。

我が家の「麻婆豆腐」は、チン・ケンミンさん直伝のレシピに基づく、非常に美味い物である。この麻婆豆腐、辛さの秘密はトウバンジャンではないのだ。確かに唐辛子を主体とするトウバンジャンは辛い。しかし、麻婆豆腐の濃厚な味と辛さに「爽やかさ」とか、良い「香り」をつけているのは「山椒の実」なのだ。

「フォアジョ」と呼ばれる、この山椒の実。ピリピリくる非常に鋭い辛味を持っている。また、山椒独特の爽やかな香りも併せ持っている。魚介類やスープとの相性も非常に良く、辛味と香り付けにはもってこいの香辛料だ。我が家ではこれを切らせているときは、粉の山椒を使う。

ホットでいながらクール。外せない香辛料の一つだ。

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ベースについて色々考えてみた。

いわゆる「ピック弾き」というのが嫌いだ。第一に音が硬い。音の立ち上がりが早過ぎるし、インパクトの瞬間の金属的な響きが好きではない。第二に音の均一性がない。ダウン・ピッキングとアップ・ピッキングでアタックの強さが違ってくるのだ。

ネック寄りに付いたピックアップを鳴らすのも嫌いだ。最近のベーシスト、特に日本人に多いが、アタックがハッキリせず立ち上がりが鈍い音が嫌いなのだ。スタジオなどで、仲間内で演っている分にはいいのだが、ちょっと大きな会場では、あっという間に何を弾いているのか分からなくなる。

私のセッティングは……。

フィンガー・ピッキングのときは、リアピックアップのみを鳴らす。トーンは最弱の位置に固定する。もちろん、弦は新品を使う。アンプの方は、低音と高音のトーンをいっぱいまで上げ、中音は目いっぱい下げる、いわゆる「ドンシャリ」というセッティングだ。ピックアップが一つしか鳴っていないから、当然パワー不足となる。音量調整は、アンプに頼ることになる。これで、クリアだが暖かみのある、それでいて立ち上がりも悪くない、良い音が出るようになる。

スラップのときは、フロント、リアともヴォリュームをいっぱいに上げる。トーンも目いっぱい上げる。アンプのセッティングはドンシャリのままだ。両方のピックアップが目いっぱい上がっているから、ある意味オーヴァー・パワーだ。これまた音量調整はアンプに頼ることとなる。低音と高音を多用するスラップでは、それぞれの音の粒立ちをハッキリさせるためにも、ドンシャリのセッティングは欠かせない。

ドンシャリのセッティングを重視する理由は、中音域が音の粒立ちを殺す原因だからだ。スタジオのような狭いところや、ヘッドフォンなどでは気付かないが、ライブハウス程度の広さでも「こもった音」というのは聴きづらいものなのだ。元々伝わり難い低音を担当するベースは、クリアさと音の粒立ちが要求されると思っている。

音量調整をアンプに頼る、ということは、右手のタッチが自然と鍛えられることを意味する。そうそうアンプのところへ行って、ヴォリュームをいじるわけにはいかないから、右手のタッチで調整するようになるのだ。ピックではなかなかこの調整はできない。スラップではさすがにタッチの強弱を調整するのは難しいのだが、慣れてくると結構調整ができるようになる。

エフェクターを多用して音を作るのも好きではない。せいぜいアンプに附属する「コーラス」を弱めに掛ける程度で、他にはほとんど使わない。ヴォリューム・ペダル(出たばかりの頃は、ヴァイオリン奏法が楽にできると喜ばれた)は、音量調整をアンプに頼らざるを得ないセッティングにとってありがたい存在だが、使ったことはない。

アンプといえば、ギター・アンプやキーボード・アンプでベースを鳴らすのが好きだ。パンチに欠けるきらいはあるのだが、非常にクリアなサウンドを出すことができる。特にキーボード・アンプは、音の守備範囲が広いため、低音から高音まで非常にクリアな音が出るのだ。

こうしてみるとテクニック的なことを除いても、ベースという楽器が持つ可能性は、想像以上に大きい。五弦、六弦と多弦化が進み、表現する幅はさらに広がっている。道具は揃った。あとは弾く人間の腕だけだ! という感じだろうか?

こんなことを書いていたら、益々ベースが欲しくなってきた。


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