2001年10月分
2001.10.30
毎日、ほぼ決まった時間に決まったルートで移動していると、見知った顔ができる。
常に追い立てられるように走っている人。遅刻寸前なのだろうか? だったらもっと早く家を出れば良いのに……などと余計なことを言いたくなる。この走るという行為は、ダメだ。私は例え遅刻寸前でも決して走らないことを信条としている。例えば職場への通勤。たとえ寝坊や電車の遅れなどで遅刻ギリギリになったとしても絶対に走ることはしない。何かみみっちいというか貧乏臭い気がするのだ。
商談やアポイント、女性とのデートなどの重要な用件の場合は、約束の時間よりも最低でも30分近くの余裕を見る。目的地周辺でぐるりと散歩などしてから、徐に約束の場所へ出向く。到着時間は約束の5分前だ。昔どこかで読んだ「イギリス紳士」の古き良き習慣だ。周囲を散歩しながら情報を収集し、最初の話題を作るのだという。クールだ。こんな習慣を用いようと思ったのは、私が「臆病」だからだろう。
常に座席の前で待ち構え、乗り降りが激しい駅ですかさず席を確保し、座った途端に熟睡体勢に入る人。毎日毎日疲れているんだろうなぁ、などと思ってしまう。私は電車の中で寝る、ということができない。基本的に人前で無防備な姿を曝すことへの漠然とした不安感があるのだろう。電車、車、飛行機の順で寝つきが悪い。電車やバスなどは、音と振動がどうも眠りの国への妨げとなっているようだ。飛行機も音についてはかなりのものがあるが、離着陸のときを除けば一定した音だから、慣れてしまえば寝ることができる。
「立ったまま寝る」という非常に器用なマネをする方々は、本当に尊敬する。満員電車などで膝をカクカクさせながら寝ている人がいるが、どうしてなんな状況の中で寝ることができるのか? 今も解明できない謎だ。よほど疲れていても私は電車だけは眠れない。
没個性のようでいて、よく観察してみれば強烈な個性が充満する電車の中。かく言う私も、当然のことながら誰かの観察対象になっていることだろう。坊主頭にピアスでスーツを着ているのだから、どんな職業の野郎なのだろう? だとかデカくて邪魔な野郎だ! だとか……。ただでさえ、イライラしがちな満員電車であるから、少しでもそんな雰囲気を和らげる事に貢献できるなら幸いだ。
2001.10.29
日曜日は波浪注意報が出る中、海に入った。
川のようなカレントと連続してやってくるオーヴァーヘッドの波のため、波を待てるくらいの沖へ出るためには、下手をすると30分近くかかる。上手く波をかわすことができても、カレントによって100m近く横方向へ流される。結局は自分を良い位置にセットするためには30分はかかるのだ。また、良い波を捉えてロングライドを決めると、再び同じような苦闘を経て沖へ出なければならない。
こんなときは、ドルフィン・スルー(ボードごと波の下に潜って波をかわすテクニック)が楽にできるショートボードの方が有利である。ロングボードでも薄くて軽い、いわゆるマニューバー系のものであればドルフィン・スルーも容易だが、私が使っているようなクラシカルな方へ振っているものでは、ボードを沈めるだけで一苦労だ。厚くて重く、浮力があるからだ。このようなボードでは、浮力があることを逆に利用して波を乗り越えるようにしてかわす。上手くやらないとひっくり返るが……。
これくらいのグッドサイズの波が来るということは、普段は空いているポイントも人で一杯になることを意味している。まさに砂糖に群がる蟻のように、海の上には「黒い点々」が散らばることになる。私も転々の一つとなっていたわけだが、なかなか順番は回ってこないし、回ってきても前から横からブレイクインされるしで、かなり気分が悪くなる。というわけで、実質5本乗っただけで終了した。
5本乗るだけで3時間もかかるのだから、海の状態も混雑の状態も並大抵のことではないことが分かるだろう。
こうなると奥さんが海に入るのはほぼ不可能に近くなる。先ずはカレントを抜けることが出来ない。重いボードを抱えたままでは、歩くこともままならないからだ。さらにはガッツリでかいスープを食らう。これを越えるためには、前述のドルフィン・スルーなどのテクニックを必要とする。チビの彼女では、9.6フィートのボードを沈めるためにはとんでもないパワーが必要だ。
彼女がスープに何本か乗ったあと見学に回ったことは言うまでもない。
こうしてカレントや大波と格闘していると、サーフィンが如何に原始的なスポーツであるかが分かる。板一枚のほかには全く道具無しで自然と向き合うのだから、「道具のスポーツ」であるエクストリーム・スポーツの中では異彩を放つカテゴリーだ。ポリネシアン民族が伝統的なスポーツとして生み出したものであるから、歴史的には十分積み重ねが出来ている。
しかし、積み重ねた歴史の割には、その基本的スタイルは全くといって良いほど変わっていない。確かにボードの形やフィン・システムなどに革新的な技術開発があった。それでもボードの種類は大きく分ければ2つ。それぞれのボードに合わせた乗り方で発展はしてきているが、大元は「板で波に乗る」ということに変わりはない。それだけシンプルなのである。
シンプルであるということは、人間の持つ「本来の力」が求められる。勇気であるとか、肉体的強さであるとか、自然に対する知識であるとか、はたまた危険を察知する「第六感」などなど……。「動物的」になる必要に迫られるのだ。また、そうならなければ50フィートを超す波に打ち勝つことは出来ないだろう。
本来の力を発揮することによって、人間の精神的な面もピュアになってくる。単純に波に乗ることを楽しみ、変に格好をつけたりしなくなる。もちろん、技を繰り出すことによる自己主張(自分のスタイルを出すということ)はあるのだが、基本的には周囲の人を海をリスペクトすることだけが支配する……はずである。
実際は、我先に波に乗るような輩が後を断たないのが現状だ。
2001.10.26
「もしもピアノが弾けたなら」という曲があったが。
私の母の友人にエレクトーンの先生がいた。幼稚園に通っているころ、母は私にエレクトーンを習わせようとしたことがあったらしい。私は泣いて嫌がったという。残念ながら、私にはその記憶がないのだが。
あの時エレクトーンを習っていたら……という後悔を、私はその後何度も味わうことになる。
中学生で音楽を始めようとしたとき、楽譜を読めないということがどんなにハンディキャップとなるか分かった。高校の入学式のとき、隣のヤツが校歌をいきなり初見で歌っているのを見て、大きな衝撃を受けた。彼は後に吹奏楽部の部長となったが。ジャズを始めたとき、いわゆる理論というものがクラッシクでいう楽典であることを知った。クラッシックから音楽に入っていれば、理論の理解も早かったに違いない。その後、プロの世界へ行くためには、テクニック以前に初見である程度弾けることが当たり前なのだと知った。
ちょっとムーディな雰囲気のとき、ピアノが弾けたりしたらいいだろうなぁ……などと思ったことは数知れない。小洒落たバーに置かれたピアノにフラリと近寄っていって、いきなりバラードなどを弾いてしまう……などという妄想めいた想像をしたこともある。その後弾けたらいいなぁ、という楽器はセクシーなサックスへ移ったりしたが、やはり「もしもピアノが弾けたなら」という気持ちは常にあった。
これに対して「もしもピアノが弾けなかったら」と思った人もいる。
奥さんがそうなのだが。彼女は幼少の頃からピアノの英才教育を受けてきた。ご母堂は、音楽大学まで行かせて、音楽家として世に出そうという野望を持っていたようだ。そのため彼女は定期的に先生のところへ個人レッスンに通った。それだけならまだしも、小中高と体育の授業は手を使う種目については完全に禁止されていたという。これが原因で、類稀なる運動神経を持っていながら、彼女はスキー以外のスポーツが殆ど出来ない。サッカーなどルールも知らないというありさまだ。
多感な思春期のとき、彼女はご母堂に反抗して音楽大学への進学をヴォイコットしてしまった。それ以来、まったくピアノに触ることはなかったというから、よほどピアノに対する嫌悪感があるのだろう。今でもピアノには触りたくもない! と言っているから、相当なものだ。あるとき自分の才能がピアノでは発揮できないと悟ったにもかかわらず、続けていくことが苦痛であった、ということが原因だと彼女は分析している。
ピアノとの決別以後、彼女はスキーに打ち込む。水を得た魚の如く成長著しかったらしい。モーグルでは本気でオリンピックを狙おうか? というところまで行ったらしいのだが、あるときあっさり止めてしまった。その後はサーフィンだ。これもかなりのスピードで成長しているから、こちらでも彼女の才能は「向いている」ようだ。
過去何度か書いたが、人はやってみるまでその才能に気づくことは出来ない。向いているにもかかわらず、出会うことなくすれ違ってしまうことの方が多いのだ。だから平穏な方向へ向かうことなくチャレンジする方向へ常に自分を駆り立てることが重要だ。
最後はピアノとは全く関係なくなってしまった。
2001.10.25
セックスした翌日に、相手の女性が生理になると「得した」気分になる。
過去、何度かこういう状況になったことがあるが、毎回「昨日しておいて良かった」という気分になるのだ。同じ回数くらい生理を理由に、事に及ぶことを断られた経験があるのが理由ではないか? と分析しているのだが。男なら経験があると思うが、この「生理」を理由に事に及べなない状況は、それまでのプロセスにおいて高まる期待や、かけてきた経費を一気にブチ壊しにするほどのインパクトがある。
精神的なダメージは、セックスした相手から「アンタのイチモツは小さい」と面と向かって指摘されるのと同じくらい強いだろう。この場合は、まさにいきなり平手打ちを食わされたようなショックで、自信喪失から逆ギレというパターンだ。これに対して「生理」の場合は、いきなり怒りが湧いてくる。フーリガンなどが贔屓のチームが負けることによって暴れるのと変わらぬ心境だろう。だからといって私が過去暴れたとかいうことはない。一応紳士的に引き下がったことは言うまでもない。
話が変な方向へ逸れて行ってしまったが。それほどのダメージがあるからこそ、貴重な1回としての価値があるのだ。これは夫婦の間柄になっても変わることはない。
「生理になっちゃった」
「……昨日しておいて良かったな!」
「……。バカか? アンタは……」
こんな会話を交わす我々は、やはりバカな夫婦なのだろう。
2001.10.24
何かに熱中しているときや打ち込むものがあるとき、というのは生活がシンプルになる。
朝起きて働いて食べて飲んで出して寝て……といった日々のルーティン・ワークも含めて、生活全てがある事柄を中心に回るようになってしまうのだ。常に頭の中は一つのことで占められ、たとえ仕事に集中しているときでも片隅には残像が残っている。「熱中」や「打ち込む」ということが精神的な張りをもたらすと共に拠り所であり逃げ場所ともなるのだ。
こうなると他の遊びや、本来得意とするところの洋服や靴、アクセサリなどへの興味が薄れる。非常に狭い範囲で自己完結できるから、敬虔な農夫の如く目的に向かって淡々と過ごすことができるようになるのだ。カタログや関連文献を眺めているだけで多くの時間を楽しく費やすことができるし、妄想に近いほどイメージ・トレーニングを繰り返すことができる。
たとえばキックボクシング。
会社では上手く出来なかった技を繰り返しイメージトレーニングしたり、昨日のスパーリングを頭の中で再現しつつこう動くべきだっただとか、ああ動くべきだったなどと「一人反省会」を開く。夕方から練習をすれば、家に帰ったころにはクタクタで、酒を飲む間もなくバタンキュ〜。練習のない日は、そそくさと帰ってキックのビデオ漬け。格闘技雑誌や技術解説書を読むだけで心の安らぎと充足感をタップリと味わえるのだから、安上がりだ。
たとえば自転車。
日がな一日、ああでもないこうでもないと改造計画を練り、週末が近づけば今週はどこのコースへ行こうか? などと考え、家に帰れば愛機を眺めて楽しみ、イジって楽しむ。飲みに行けば、仲間と自転車談義を数時間に渡ってしゃべりまくる。何時間もプロのライディングをビデオで研究し、新車発表があればカタログをすみからすみまで仔細にチェックする。100%完璧に「お宅」の世界の住人の暮らし方だ。
傍から見れば、非常に退屈な生活だろう。しかし、これが前述の「非常に狭い範囲で自己完結」できることの幸せなのだ。追求していくという姿勢だけを見れば、それは修行者や研究者にあい通じるものがある。「孤高の」という形容詞がピッタリくる姿だと、私自身は思っている。
これが時間の経過と共に上達や慣れによって、精神的・肉体的余裕を生むようになってくる。ここまで到達すれば、他の事柄に目を向ける余裕ができるのだ。そうなったとき初めて、いくつかの好きなことを並行して楽しむことができるようになるのだと思う。このように常に熱中するものを持っていると、最終的には非常に守備範囲の広い、懐の深い人間になるのではないだろうか?
もっとも、身体を動かすことばかりだと脳ミソの方は空っぽになってしまうかもしれないが……。と思うかもしれないが、イメージ・トレーニングは目まぐるしい脳の働きを必要とする。理論的でなおかつ直感的な脳の働きを身に付けることができるだろう。それでも知識の吸収は必要だから、合い間合い間での他の分野への知識欲は残しておくべきだと思う。
今、我々夫婦は、揃ってサーフィンに熱中している。日々のルーティン・ワークの他に、水泳やアブスライド(久々に登場)によってサーフィンに必要な筋力と体力を養うことも忘れていない。サーフィン関連のビデオと本が見る見るうちにライブラリーを占領するようになり、キックや自転車関連のビデオや本は片隅へと追いやられつつある。
見事なノーズライディングをビデオで鑑賞しながら、口角泡を飛ばして国際情勢を語る……などという、あまり他人には見せたくないような日々を送る、変わった夫婦だ。
2001.10.22
土曜日は、海へ行った。
奥さんのオーダーしたウェットスーツのデヴューだ。彼女にとっては実に3週間ぶりの波乗りであったにもかかわらず、かなりのレヴェルアップが見られた。「オッ、こいつ……」と思わせるような、抜群のタイミングでのテイクオフを何本か見せており、さすがに「スキー」という古典的なエクストリーム・スポーツで鍛え上げたセンスを窺える。
本人はあまり気づいていないのだが、奥さんのライディング・センスはかなりのものがある。特別なコーチングを受けているわけでもないのだが、恐ろしい勢いで上達している。うかうかしていると、私と彼女の立場が逆転しかねない状況だ。これからは私も、危機感を持って精進していかなければならない。
この日の波は、台風の通過後ということもあって期待されたのだが、予想に反して全く影響がなかった。ということは全然大きな波が来なかったことを意味する。満潮も早朝であったため、我々が始めた頃はすでに潮が下げ始めた時刻であった。満潮時は厚くてトロい、あまり良い波ではなかったのだが、潮が引き始めると、非常に浅いがホレる波となる。しかしサイズが小さ過ぎるため、面白みはほとんどなかった。
しかし、土曜日ということもあってか人は少なく、我々のポイントは貸し切り状態。波を選んで乗り放題だった。約4時間、みっちり乗り込んできた。
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という一日を過ごし、晩飯も美味しく頂き、さてそろそろ酒でも飲んで寛ぐか……というときに非常事態が発生した。奥さんの実家が「空き巣」にやられたのだ。
ご母堂は、今週の初めより北海道へ旅行に行っていた。十分堪能されたのだがいささかくたびれて帰宅してみると、玄関には「家に入らずにすぐに連絡されたし」という張り紙。何のことかとドキドキしながらお隣さんへ行ってみると、空き巣にやられたのだとのこと。それからが大変であった。ご母堂は、警察に連絡し、現場検証に立ち会う。その合間に我が家へ連絡が入ったのだ。
我々はすぐさまドタバタと取るものもとりあえず実家へ向かう。緊急事態であるから、私は久しく眠っていたラリースト魂を呼び覚まし、気が狂ったように飛ばした。普段なら1時間以上かかる道程を約40分で走り切ったのだ。到着してみると現場検証は終了しており、警察関係者が引き上げるところであった。早速家の中を見てみる。
「ひでぇことしやがる……」
これが最初の感想である。家の中はドロに塗れた犯人の靴痕が点々と残り、引出しという引出しは開けられ、様々な物が床に散乱している。1階部分、2階部分とも同じようにやられていて、当事者であれば呆然としてしまうような状況だ。我々が到着したことによって落ち着きを取り戻したご母堂をまじえて、早速後片付けだ。とにかく徹底的にキレイにしなければ眠れるものも眠れないであろう。
先ずは家中を掃除機で清める。さらに雑巾で拭き清めていく。これは我々夫婦が担当し、ご母堂は散乱した物の片付け整理廃棄収納だ。掃除をしていて感じるのは、犯人の徹底した家捜し振りだ。収納できる家具という家具はすべて調べ尽くされている。その経路を示すように残される足跡。落胆や恐怖感よりも怒りが込み上げてくる。よくもまぁ、これだけやったものだ……と変な意味感心させられる。
やっと掃除も終わり、一息つくとご母堂はこのゴタゴタのおかげで晩飯も食べていないということが判明。取り急ぎパスタを作り、我々もアルコールを吸引する。すべてが片付き、寝ようかとなったときには、日付が変わっていた。
落ち着いたところで分析をしてみると、ご母堂は全ての窓の「雨戸」を閉めて出かけている。しかしたった一箇所、茶室(ご母堂はお茶の先生でもある)の窓だけは建物の構造上、雨戸が設置できない状態にあり、犯人はその窓を破って侵入したことが明らかになった。被害の方は、破られた窓を除けば、壊された物はない。現金もほとんど置いていなかったために数万円の被害で済んだ。通帳は手付かずで(銀行印と通帳は決して同じところにしまってはならない!)残されていた。最も大きな被害は貴金属だ。総額は百万円の単位に及ぶようだ。
近所の人が留守中にもかかわらず窓が空いているのを不審に思い、警察へ連絡したことによって発覚した今回の事件だが、本人がいない間は調べることが出来ないという。土曜日から起算して2日は完全に放置された状態にあったから、犯人が捕まることはまずないだろう。また捕まったとしても、金品は処分され、ご母堂が一生懸命働いて揃えた(ここに金には代えられない価値がある!)貴金属は戻ってくることはない。
我々3人が感心? したのは、犯人の鑑定眼の鋭さだ。貴金属は本物・贋物(イミテーション)混ぜこぜになって収納されていたのだが、イミテーションだけが見事に残されていた。そのことだけでも、犯人がプロフェッショナルな窃盗犯であることがわかる。また、嵩張るものには一切手をつけず、貴金属と現金のみに徹していることからもそれがわかる。
空き巣という行為は、想像以上に被害者に対して精神的ダメージを与えるものだ。
家、我が家というものは、城であると同時に安らぎの場であり最後の砦でもある。そういった最も神聖なる場所に土足で侵入されるということは、自分の心の中にまで土足で侵入されることを意味する。こうなるともう、どこにも行き場所がなくなってしまう……と感じてしまうらしい。物理的にも精神的にも「プライヴァシー」が著しく侵害されるのだ。
これは女性の一人暮らしに非常に多い精神状態だと思う。男性の場合(特に体育会系)、寮生活の体験者や共同生活の体験者は、ある意味プライヴァシーが存在しないような状態で数年間過ごしたことがある。こうなると、部屋に帰ってみたら誰かがいた、などという状況もあっただろうから、空き巣くらいではなかなか動じないような精神的強さを培うことができる。かえって、大切にしていた物が盗まれたことへの怒りの方が強いだろう。
このような精神状態が如実に現れたのが翌日、すなわち昨日だ。ご母堂は、寝室に敷いてあったカーペットの廃棄を決定。最も被害の酷かった部屋(貴金属はここにあった)であるから無理もないが、犯人の足跡が最もたくさん残されていた部屋でもある。気持ちが悪かったのだろう。犯人が触った可能性のある者は全て捨ててしまいたい心境であったという。
翌日はそのような廃棄作業と窓の修理、唯一雨戸のない茶室の窓の防犯計画で明け暮れた。窓の防御には、雨戸の他に「面格子」がある。これは風呂場やトイレの窓などに良く見られるアルミ製の格子だ。しかし、テレビなどでも取り上げられているが、この格子は犯人が侵入する際、殆ど防御の役目を果たさないのだ。簡単に取り外したり曲げられたりしてしまうからだ。
これに対して、窓自体を強化する方法が最近の流行だ。最も有効なのが「防犯ガラス」だ。これは車のフロントグラスなどに使われる「合わせガラス」で、ガラスとガラスの間に特殊なフィルムをサンドウィッチすることによって、ガラスの飛散防止と大破防止の効果がある。金槌などで叩いても、完全に穴をあけるのに15分以上かかるという。しかし、まだまだ技術的に一般化できるものではなく、普通のガラスの6〜7倍の価格だ。
次がアクリル板だ。これは経年劣化(表面に傷がつきやすい)で透明度が下がるというデメリットはあるが、強さという面では防犯ガラス以上あるようだ。叩いても割れず、切っても切れないという理想的な防犯効果だ。ご母堂のお宅は、この窓を選択した。面格子よりは高くつくが、安全には代えられない。
ちなみに犯罪統計によれば、窃盗犯の殆どは、窓を開けるのに5分以上掛かると諦めてしまう。どんなに長くても15分以上はかけられないようだ。
実は、奥さんも独身時代に空き巣にやられた経験があるという。今回のご母堂の事件は人事ではなかったようだ。私がいることの有り難味と心強さを感じたといっていた。こんなときにしか役に立たない私だから、いくらでも役立てて欲しいと思う。ドロボーごときでは動じない鈍い……もとい強い精神の持ち主だから、私の落ち着きが女二人にとってかなりの助けとなったことは確かなようだ。
おかげで、昨日の晩飯はRoy'sで奥さんの奢りだった。
2001.10.19
身体が大きくて頑丈だということは、損である。
私とある程度以上親しくなる人の殆どは、事あるごとに私の肉体に攻撃を加えるようになる。キックボクシングなどをやっているから、多少パンパンバシバシ叩いたとしても、コイツは壊れないだろう……という発想だ。おまけにそんなことをされても私があまり怒らないものだから、なお付け上がることになる。
とはいえ、キックを始める遥か昔の幼稚園児の頃から、私の身体は常に平均以上をキープしつづけていた。思い返してみれば、幼少の頃から攻撃に曝されてきたような記憶がある。おそらく私は、攻撃しやすい体質なのだろう。しかし、だからといって私は決して「イジメられる」側の人間ではない。逆にイジメる側の人間だ。イジメた子の親が我が家に怒鳴り込んでくる……というシチュエーションを何度も経験している。
さて、常に私を攻撃してきた人々であるが。
先ずは私の恩師だ。小学校4年生から卒業するまで、まさに人格形成の初期段階で大変お世話になった方だが。この人は事あるごとに私に攻撃してきた。私が悪さをしたときはもちろん、誰かに私を紹介するような場面でも「コイツはなぁ……」などと言いながら私の頭をポカリ! とやる。
ある女の先生に酷く怒られたとき。「○○くん(定かではないが、私が彼をイジメたようだ)は、あなたの何なの?」「人間です(キッパリ)」この返答にさらに怒りを掻き立てられた女教師は、反射的に私に対して平手打ちを見舞った。私もまた反射的にスウェーバック(この頃から格闘技の才能は芽生えていたのかもしれない)でかわした。その瞬間、反対方向から飛んできた恩師の鉄拳をまともに食らった私は数メートル吹っ飛ばされた。
恩師が隣にいたことをすっかり忘れていたのだ。
最も身近なのは弟だろう。幼少の頃から、攻撃し攻撃されてきた仲である。後刻彼が格闘技ファンになったのも必然だろう。我々が会うと、喧嘩まがいの技の応酬が日常化している。待ち合わせなどでは、人ごみに紛れて接近し、ウェスタンラリアートやジャンピング・ニーアタック、ローキックなどを不意打ちでかますのが挨拶代わりだ。
しかし、私がキックを始めるにいたって、この関係は大分私に有利な展開となりつつある。というのも、キックの場合、相手のキックは「自分の脛で受ける」という防御方法を取る。鍛え上げた脛は、木の棒や電柱を蹴るのと同じだ。弟の蹴りに対して、私の防御がかなりの効果を上げるようになったのだ。
この被害をまともに被ったのが、我妻だ。彼女はチビのくせにクソ度胸があり、口よりも手が先に出るような女だ。私も彼女の攻撃は、極力甘んじて受ける方向でいるのだが、つい彼女の蹴りに対してキックの防御をしてしまうときがある。私としては痛くも痒くもないのだが、彼女の脛は腫れ上がり、醜い青痣を作る。
「卑怯だ!」という罵りのことばを浴びせられるのだが、これは無茶な論法で、私は防御しているだけなのだ。しかし奥さんは、私の身体は一種の凶器であり、防御自体が一つの攻撃であるとおっしゃる。防御まで禁止された私は、ただただやられるばかりである。
親しい者だけでなく、我が両親も幼少の頃から私を殴った。それだけ私がタチの悪いクソガキであったことの証拠なのだが、外で悪さをしては、弟をイジメては、私は両親から鼻血が出るほど殴られた。そのうち両親の素手は布団叩きに替わり、尻や大腿部にクッキリと痕がつくほどこっぴどくやられた。こうしたハードな環境の中で育ったことで、痛みに対する耐久性というか、痛みに対して鈍くなってしまったのであろう。
こうして痛みに対する耐久性が高まったおかげで、私は頑強な身体を手に入れることが出来たが、おそらく大きな病気や怪我に対しても耐えてしまって、ある日ポックリ逝ってしまうだろう。
2001.10.18
メキシコ風エンチラーダ風アイディア料理を考案してみた。
これは、ハレイワの街に「Cholo's」というメキシコ料理の店があって、ここで食べた料理をベースとしている。非常に簡単(常にここがポイントとなることは言うまでもない)で、当たり前だが美味いのがいつもながら自画自賛したくなるところだ。
先ずは「トルティーヤ」を用意する。以前にも書いたが、これは小麦粉やコーンパウダーをベースにして作った、春巻きの皮のようなパンのような生地だ。これにひき肉や野菜を巻いて食べても美味いし、三角に切って揚げたものにチーズをかけても美味い。当然ながらコーンパンダーを使ったものの方が、本場の味である。
次にチリビーンズを作る。この場合、ひき肉(時節柄危ないが、牛挽のほうが断然美味い)を多めにすることがポイントだ。辛さはあまり辛くなくても良い。作るのが面倒な場合は、缶詰のチリビーンズでも良い。その場合はトマトソースなどを加えて風味とコクを増すようにする。このチリビーンズがメインとなるから、渾身の力で作ること。
さらに、キャベツの千切りを大量に作る。これをチリビーンズと共にトルティーヤで包む。包んで春巻き状になった物を大き目のグラタン皿に収容する。その隙間をキャベツの千切りとチリビーンズで埋める。その上からピザ用のチーズをかける。モッツァレラやパルメジャーノなどを加えると、さらに美味しさが増すだろう。これを200〜250℃のオーヴンで10分前後焼けば出来上がりだ。中のチリビーンズがクツクツを沸騰し、チーズに焦げ目が入るくらいが頃合だ。
これに茹でて潰した金時豆のマッシュを添えれば完成だ。酒はもちろんテキーラかメキシコ・ビールだ。豆のマッシュは意外なほど腹に溜まるが、植物性たんぱく質が豊富だから非常にヘルシーだ。また、ベイクしたキャベツは、キャベツ・ファンにはたまらない状態になっている。メキシコ料理に添えられる生野菜というと、一般的には「レタス」が連想されるが、実際にはキャベツの方が遥かに美味い。
この料理、レシピの中では「春巻き状」に巻いているが、発想はイタリアンの「ラザーニェ(ラザニア)」だ。パスタと具を交互に置いていく感覚である。ただ、トルティーヤが包みやすい状態にあるため、このような春巻き状の形にしてみたのだ。また、トルティーヤはラザーニェのように「敷く」ほど厚みがないことも包むという方向へ向かった原因でもある。
チリビーンズの作り置きか缶詰があれば、所要時間30分以内という超簡単&超美味な反面、見た目は豪華という料理である。
2001.10.17
11月もすぐそこまで迫ってきて、そろそろ年末の旅行の予定を考え始めている。
昨年は、奥さんのご母堂とその友人同伴で沖縄であった。今年は海外か? などと考えていたのだが、同時多発テロの影響で海外旅行は敬遠されがちな雰囲気だ。しかし、一般的に敬遠されているということは、逆の発送をすればチャ〜ンス! ということになる。
すでに出回っている情報では、ハワイ旅行が国内航空会社利用で3〜5万円台(国内航空会社は高いのが今までであった)という超目玉お買い得価格で出ているらしいのだ。あまりにも海外旅行が敬遠されているために、客寄せでディスカウントが始まったのだろう。このようなツアー関係は本来我々夫婦の方針からは外れるのだが、これだけディスカウントが進めば乗らざるを得ないような状況だ。
サーフボードを積むための超過料金約50〜70ドルを払ったとしてもまったく痛くない総予算と言うことが出来よう。
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音楽が自分の心に如何に作用するか?
例えば癒し。例えば鎮静。例えば高揚。様々なシチュエーションで様々な音楽が心のありようというものに作用する。傷ついたり沈んでしまった心を「癒す」音楽、というのが最近では流行らしい。そういう曲が思い出となり、その後「泣ける曲」ということになっていくようだ。振りかえってみると、私にはこの癒し系の曲というのがない。
私の場合、音楽を癒しに使ったことがないのだ。その分「元気が出る」曲として聴いてきた気がする。凹んでしまったときも、元気が出る曲を聴いて「カラ元気」を出して乗り切ってきた。だからかもしれないが、私が好きな曲は威勢が良かったり、ノリが良かったり、スピードが速かったりするものが多い。
例えばJBの「Sex Machine」。どんなときでも強制的に身体が動き出してしまう熱いビートとJBのシャウトは、私の音楽の原点であると同時に何度も元気を与えてくれた。例えばDeep Purpleの「Highway Star」。クラッシックなハードロックの代表曲だ。ラリーのとき、ここ一発のスペシャル・ステージでは常に大音量で鳴らしていた。例えばSam & Daveの「Soul Man」。力強いビートと歌が、私のピンチを何度も救ってくれた。最近では、アニメタルが私のパワーの源となっている。
また、ある曲を聴くと何かを思い出してしまうという場合もある。
例えばJames Brownの「Rock Whicha(スペルに自信なし)」。奥さんと出逢うはるか昔、大好きだった女性を思い出す。切ないが大好きな曲だ。例えばSteps Aheadの「Bairute」。苦しかったキックのときの減量の日々を思い出す。例えばNa Leoの「North Shore Slenade」。荒々しいノースの波とはかけ離れたのんびりしたアイランド・ミュージックなのだが、「私をノース・ショアに連れてって……天国に一番近い場所」という歌詞は、やはり明るいハレイワの街を思い出させる。
楽しいときも、悲しいときも、嬉しくても、寂しくても……音楽はやはり最も身近な心の薬だ。
2001.10.15
サッカーの結果。×我がチーム1-5相手チーム○
まったくもって予想外、という結果に終わった。先ず第一に試合当日になってゴールキーパーの欠場が決まった。冠婚葬祭事では仕方がない。しかし、彼の欠場は非常に大きかった。かれは、私の10年来の悪友で、社外から助っ人として来てもらっているのだ。「恐怖欠乏男」としてつとに有名で、我がチームのピンチといえば、相手フォワードとキーパーが一対一になる場面が多いのだが、かれがこのようなシチュエーションで抜群の強さを発揮することは言うまでもない。
キーパーの欠場を受けて、急遽ゴールキーパーに抜擢されたのが前キャプテン。彼も恐怖感のなさでは人後に落ちないものを持っているのだが、昨年の大会直前の練習試合でキーパーをやった際、相手フォワードと交錯、肋骨を折ったということがトラウマとなり、現在ではチーム一心臓が小さな男に成り果てている。
次に大きかったのが怪我人の続出。何と試合前のアップで肉離れを起こした者が一人。コイツは無理をして試合に出たが、相手の先取点を演出してしまい、開始5分で交代となった。さらに試合中に肉離れを起こした者が出た。前半も終盤あたりでは、既にまともに動くことも出来ず、後半からはキーパーになることに。さらにさらに、後半の半分が過ぎた頃、両足に痙攣を起こした者が出た。動くことも出来なくなった彼は、ピッチの外へ連れ出され、そこで試合終了のホイッスルを聞くことになる。
最大の原因は、何と言っても層の薄さだろう。仕事及びプライヴェートの都合で欠席者が多く、我がチームの交代要員はたったの一人。最後の怪我人が出た後、我々は10人で戦うハメとなったのであった。他の参加チームを見てみると、最低でも15人ぐらいのメンバーが集まっている。それぞれ都合があるとはいえ、集まったメンバーが12人では、怪我人が出た場合のことを考えても、お話にならないだろう。
さらに突き詰めていけば、メンバー個人の「日ごろの鍛錬」がまったく不足していることだ。相手と交錯して怪我をするといった要因が他にある場合はともかくとして、今回我がチームを襲った負傷の嵐は、完全に自業自得である。
これは、日ごろからチームとして練習の場を設けていないことにも起因するのだが。そのために個人個人の動きがバラバラとなり、組織だった動きが出来ないのだ。それゆえ、サッカーの動きを知っている少数の人間に負担が集中し、疲れや怪我が出るのだろう。
専門的な話になってしまうが、昨日の我がチームの動きを見ていると、バックラインとオフェンスラインの間に隙間が出来てしまい、その隙間で相手チームにボールを回されピンチに陥る、という図式なのだ。この隙間を埋めるのがボランチ(守備的ミッドフィールダー)とバックラインの押し上げなのだが……。我がチームでは、体力的な問題と走力的な問題でバックラインが思うように上げられない。そこへ持ってきてオフェンスラインには守備の意識があまりないから、前からのプレッシャーもなく、ボランチだけに負担が集中する。
我がチームでは、攻めの起点、いわゆるパスの供給源もボランチが兼ねることになっているから、ボランチの負担は並大抵のことではない。さらに得点を取られてそれを取り返すことに意識が向くと、どうしてもチーム全体が前掛りになる。こうなるとカウンター一発でさらに傷を深くするという悪循環になってしまうのだ。ボランチであった私は、試合後ヘトヘトであったことは言うまでもない。
相手チームの一回戦を見る限り、決して大差で負けるような実力ではないにもかかわらず負けた原因は、このようなところにあるのだろう。
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テロ事件のその後についてまだ考えている。
社民党の有名議員が「軍事協力よりも10万人規模の難民の受け入れを」という意見を書いていた。人道的に見て、非常に美しい考え方である。ドイツ、フランスでは万単位の難民を受け入れているのに対して、日本では百人未満であるという過去の実績を示して、読む人の良心を刺激している。また、アメリカの報復攻撃において、爆撃のあと救援物資を投下することの矛盾を指摘している。
読むとすんなり最後まで読めてしまい、ああそうなのか……と思えてしまうのだが、実は難民受け入れには非常に危険な面が隠されている。ドイツ、フランスのように国土が広く、難民を収容する場所が確保しやすい国は、確かに10万人単位受け入れが可能だろう。しかし、国土が狭い日本において、10万人規模の人間を受け入れられるだけの余裕があるだろうか?
パスポートも持たない外国人であるから、隔離しなければならない。食料、医療など生活一般のすべてを保証しつつ行うわけだから、それは想像を絶する困難が予想される。
難民受け入れと一言で言うが、やってくる難民が100%難民であるという保証はないのだ。難民たちに混じってテロリストが入国する可能性は、非常に高いと言わざるを得ない。言い換えれば、テロリストにとって難民という隠れ蓑を与えることになるのだ。一度受け入れてしまえば、テロリストを発見することはほぼ不可能となる。隔離された場所から逃げ出して、潜伏されてしまうからだ。あるいは難民として潜伏しつづけ、ある日突然テロリストと化すことも考えられる。
かつてドイツが東西に分かれる寸前に東側から大量の人々を受け入れた西ドイツは、その中に東側(東ドイツだけでなくソ連も)の諜報員、破壊活動要員が紛れ込んでいたのを知りつつ止めることが出来なかった。
かつての宗主国という関係で、多くの発展途上国(特にアジア、アラブ)の人間を受け入れたフランスは、冷戦時代から今を通じてテロリストの温床だ。多くのテロリスト・グループが、その連絡事務所をパリ近辺に置いているという事実からもそれは推し量ることが出来よう。
ドイツやフランスについて、間違ったイメージが我々日本人に根付いてしまっていることもこの論法を説得力あるものにしているようだ。フランスといえば文化の中心、ドイツといえば勤勉なゲルマン人というイメージだ。しかし、フランスにしろドイツにしろ、テロリストには非常に厳しい態度で臨んでいることもまら事実だ。フランスの公安組織はテロリストに対して公然と「拷問」を加えることで有名だ。また、今回の報復攻撃でも、多くの諜報員をアフガニスタンに派遣し、アメリカに貢献している。ドイツでは、テロ行為に対しては、犯人逮捕ではなく「皆殺し」を実行していることで有名だ。
テロリストを受け入れてしまう下地を持っているからこそ、自国でのテロ行為を強力な抑止力で防止する、という方法だ。日本のように強力な抑止力もないままテロリストを受け入れるなら、国内の様々な施設が蹂躙されることは間違いない。
イスラム教問題を抱える中国では、アラブ系外国人の入国を拒否する動きに出ている。アメリカ本土で「炭そ菌」がバラ撒かれるような事態にある今、これが「報復の報復」である可能性が否定できないかぎり、やはり最優先事項はテロを起こす可能性のあるグループを根絶やしにすることだろう。
今朝のニュースでもやっていたのだが、反米デモを繰り広げるパキスタンやアフガニスタンの映像を見ると、子供の参加者をたくさん目にする。彼らはデモの意図するところを何ら理解しないまま、アメリカを憎むこと、テロを正当な主張の方法として刷り込まれていく。何も知らずに、ニコニコしながらデモのシュプレヒコールに声を合わせる彼らを見ていると、痛々しさを通り越して涙が出そうになる。
こうした子供たちが大人になることによって「純粋培養されたテロリスト」となっていくのである。パレスティナにしても、アフリカにしても長年このようにして純真無垢な子供たちをテロリストに仕立て上げてきたのだ。
このような状況を打破するためにも、テロを根絶やしにする方策を総合的に考える必要がある。軍事力で直接叩く方法、テロリスト・グループを擁護する国への経済的・政治的制裁、教育・医療・衣食住の充実といったテロリスト予備軍の生活そのものの底上げなどなど。そして最終的には、宗教的対立を如何に回避し共存できるか? という人間そのものの成長が必要となってくる。
生物のなかで、最も争い事を好む人間の永遠のテーマかもしれない。
2001.10.12
日曜日のサッカー大会。
いきなり一回戦の不戦勝が決まった。昼頃、大会委員会から電話が入り、対戦相手が棄権を申し込んできたのだという。一回戦に勝つと、ダブルヘッダーで二回戦を戦わなければならない、という厳しいスケジュールのため、我々弱小チームが小躍りして喜んだことは言うまでもない。昨年は5-0で一回戦を快勝していながら、スタミナのなさが災いして二回戦を0-8という記録的な大敗を喫していたのだ。
ことしも一回戦の対戦相手が、昨年0-8で一回戦を負けていることから「一回戦は楽勝だぜ!」という雰囲気がチームにあった。そういった意味では、二回戦に勝てるだけの材料がこれといってない我がチームにとって、休養十分で臨むことができる二回戦というのは、大きな精神的アドヴァンテージになるだろう。
二回戦を突破した暁には、昨年度の準優勝チームとの対戦が決まっている。我々が棄権を決意していることは言うまでもない。
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テロ事件について思うこと。
昨日、スポーツクラブからの帰りにJ-Waveを聴いていたら、東京大学の学生がアメリカの報復行為に対して反対の運動を行ったというニュースを長々とやっていた。聴いていると、司会者も明らかに報復行為に対して反対の立場を取っている。その司会者(名前、忘れた)の言い草があまりにも馬鹿馬鹿しかったので、要約して書いておこうと思う。
「東京大学の学生は、卒業後に官僚になる人が多いから、本来このような運動に参加する人が少なかった。しかし、そんな東京大学の学生が先頭を切って反対運動を展開しているのだから、我々ももっとがんばらなければならない」
……というような発言だ。正直なところ、あまり気持ちの良いものではなかった。ヴェトナム戦争のときの反戦運動や今回の報復行為への反対運動でもそうなのだが、日本国内でどれだけもっともらしいことを唱えたとしても、それは「対岸の火事」を見ての感想でしかないのだ。日本人や日本国は、テロ事件で被害に遭った人やその家族以外は「当事者」ではないのだ。日本人が被害に遭っている以上、日本も報復に加わるべきだ、というのならまだしも、当事者でもない人間が不用意に反対を唱えていることを特集すのはどうかと思う。
天下の公器であるメディアでは、反対も賛成も唱えてはならない、というのが私の考えだ。
また、同じ番組の中で自衛隊員からのFAXやメールによるメッセージも紹介されていたが。「我々と同じ世代の若い日本人が、自衛隊も戦争するべきだと言っているが、実際に行く方の身にもなってもらいたい」だとか「はっきりいって、行きたくありません」だとか……。彼らには「国を守る」という意識が欠落しているらしい。
「そんなにイヤなら、俺が行ってやる!」というのが私の感想だ。
以前にも書いたが、テロは示威行為であると同時に自慰行為でもある。自分の力を誇示すると同時にそれに酔いたいがために、一般市民を犠牲にしてもらっては困るのである。テロを行うような集団に「話し合い」で解決ができる、と反対運動をしている人たちは本気で考えているのだろうか? 国連に加盟もしていないタリバンやオサマ・ビン・ラディンに対して、国連を前面に立てて解決を図るべきだ、という意見もあるが、常識を激しく逸脱しているとしか思えない。
「汝、左の頬を打たれれば、右の頬を差し出せ」というキリストの言葉があるが、私は聖人君子ではないので、左の頬を打たれたら打ち返すのが当たり前だと思ってしまう。攻撃されても反撃せず、あくまで話し合いで解決する……確かに傍から見れば美しい姿かもしれない。しかし、話し合いをしようと右往左往する間に死んでしまうだろう。相手に話し合いをする意思がないとすれば、死ぬまで叩かれ続けることになるからだ。
かつて、イラクの原子炉をイスラエルが爆撃して、完全に破壊してしまったことがあった。イラク側は平和利用目的だと発表していたにもかかわらずだ。このとき、国際世論はイスラエルを叩きに叩いた。経済制裁なども加えられたはずだ。しかし、イスラエルはそれらに耐え抜いた。そのときのイスラエル政府高官のことばが「我々は、世界中から好かれながら死んでいくより、世界中から嫌われてでも生き抜く道を選ぶ」というものだった。
今日を生きることで精一杯の国は、何と逞しいことだろうか。
タリバンの発表は、今回のアメリカの報復によって民間人が犠牲になったことを強調する。しかし、発端となったテロ事件は、100%民間人だけが犠牲者だったことはまったく忘れられている。人の命は何にも替えがたい。したがって被害に遭った人の数を天秤にかけるようなマネはしてはいけないのだが、今後このような悲惨な事件が起こらないようにするには、前にも書いているが、テロを起こす側を根絶やしにするしかないのである。
そのためには、テロの被害に遭った国、遭う危険性がある国が協力して、そしてあらゆる手段を使って行動する必要がある。
2001.10.11
新しい「トマトソース」の作り方にチャレンジした。
普段はホールトマトの缶詰を使って作っているのだが、今回は生の調理用トマトを使ってみた。本来、本場イタリアでは、夏の間は缶詰のトマトを使用することは殆どないらしい。皆、新鮮な生のトマトを使って様々な料理をするのだ。我々日本人の場合、生のトマトを調理するということはあまりない。生でそのまま食べることが殆どだ。
調理用トマトの代表格はあの細長いトマトだ。しかし、それ以外にも様々な形や大きさのトマトがあるらしい。しかし、スーパーマーケットなどではそれほどたくさんの種類のトマトが売られているわけではないので、どうしても生で食べるためのトマトを代用品として使うことになる。
そこでいわゆる「生食用トマト」を代用で使う場合のポイントを挙げておこうと思う。第一のポイントはなんと言っても水分が少ない物を使うことだ。この考え方でいくと「プチ・トマト」が最も適していると思われる。適しているのだが、何分小さいから数はかなり多めに使うことになるのだが。
第二のポイントは種が少ないことだ。しかいこればっかりは切って見ないと分からないから、あまり気にする必要はないと思う。「調理用トマト」として売られているものは、その辺の条件を見事にクリアしている。水分も少なく種も少ない。
このトマトを使ってどのように調理をしていくか?2つの方法がある。
第一は先ず「トマトの湯剥き」をして、後は普段のトマトソース作りと同じ方法で行う、というもの。沸騰しているお湯の中にトマトを投入し、少し様子を見る。表面がやや柔らかくなってきたら素早く上げて、皮を剥く。これは非常に簡単にいく。クルリと一枚に剥けるから楽だ。気をつけるポイントは火傷くらいだろう。
剥いたトマトを適当な大きさに切って鍋に入れ、大蒜スライス、バジル、オリーヴ・オイルを加えて煮込めば、非常にフレッシュなトマトソースの出来上がりだ。缶詰と比べると、若干煮込みの時間がかかるという感じだが、味の方はやや酸味が強いが、その分フレッシュな感じでたいそう美味い。
第二は、鍋を使わない方法だ。フライパンにオリーヴ・オイルを多めに、大蒜を二欠片ほど叩き潰して入れる。そこへトマトを生のまま投入する。炒めているうちに皮が自然に剥けてくるから、それは取り除く。そのまま弱火で炒めつづけて、トマトを潰してしまう。こうすることによって鍋で作るよりも濃厚なソースができる。
ここに唐辛子やアンチョビーを加えて、茹でたパスタを投入すれば、メチャクチャ美味いプッタネスカの出来上がりだ。
「炒め」と「アンチョビー投入」の応用編として「アンチョビー・トマト」がある。予め切った皮付きトマトを炒め潰さずにアンチョビーを入れて弱火で炒めるのだ。奥さん曰く「トマトソースの出来そこない」みたいな味が、酒のつまみに抜群だ。皿に上げる直前に大量の胡椒をかけるのがポイントだ。
さらに応用編として「アンチョビー・ポテト」がある。トマトの替わりにジャガイモを使っただけなのだが、これは抜群に美味い。ジャガイモは火が通り難いので、弱火で根気良く炒めるのがポイントだ。ジャガイモの火が通ったら、大蒜のスライスとアンチョビーを投入する。
溶けたアンチョビーが満遍なくジャガイモに塗されるように、ジャガイモの形が崩れないように炒めるのが美味しくいただくためのコツだ。大蒜スライスもコンガリ焼けて、酒の肴に、サンドウィッチなどの付け合せにピッタリだ。
前回の貧乏臭い料理とは打って変わって、イタリアン色溢れる美味さ爆発だ。
2001.10.9
非常に慌しい連休であった。
土曜日はサッカー。
来週は、職場のグループ会社が一堂に会する対抗試合がある。そのための「付け焼刃的」練習をしようというのだ。結局は基礎も練習も無視して、取引先のチームとの練習試合となった。フットサルはある程度の間隔でやっているが、フルコートでの試合は実に去年の対抗試合以来だから、チームの選手たちはバテバテであった。かく言う私も、体力的にはどうにでもなるのだが、やはり普段使っていない筋肉が悲鳴をあげた。
翌日は久しぶりの筋肉痛に見舞われたことは言うまでもない。
日曜日はお墓参りだ。
本当なら一週間前に終わっていなければならないスケジュールなのだが、実家の都合で混雑が予想される連休の中日に行くことになった。行き先は御殿場の「富士霊園」だ。ここは、かつては距離の割には行きやすい場所であったが、御殿場インターにアウトレットのショッピング・センターができたことによって絶対行きたくない場所へとなってしまった。何せ、上りも下りもインターの遥か手前から渋滞の列ができているのだ。列の最後尾に付けば、出口を通過するのに1時間以上かかる。また、出てもこんどはSC入口付近がものすごい混雑だ。結局、行きも帰りも御殿場インター近辺で2時間以上のムダをしなければならない。
御殿場付近は、かつてラリーをやっていたころのホーム・グラウンドだ。私と弟が昔の記憶を頼りに御殿場インターの一つ先、裾野インターから出る作戦を取った。これはまさにバッチリと当たった。全くの渋滞フリーで霊園まで行けたのだ。帰りも同じルートを通ったことは言うまでもない。
昨日は、ハワイで買ってきたボードの日本デヴューだ。
奥さんが買ったロングボードと基本的なディメンジョンというか見た目は殆ど変わらないのだが、実際はかなり違う。奥さんのボードは、巾も厚みもあって「ゆったり」と乗ることが目的のボードだ。全体的に程好くロッカー(反りとでも言おうか?)が付いていて、それなりに良く動く。私が既に持っているボードは、いわゆるマニューバー系というもので、9フィートと短く、きつめのロッカー、巾も厚みもないために非常に良く動く。
今回ハワイからやってきたボードは、9フィート4インチでロッカーはややきつめ、巾も厚みもやや薄めだが、ロングボード本来の形も保っている、いわゆるオールラウンドといわれるボードだ。したがって、よく動くし、スピードの乗りも良く、それでいてロングボード本来の乗り方もできるという、まさに「一粒で何度も美味しい」ボードだ。
昨日は遥か遠くになる台風によってできる程好いウネリが入っており、平均で腹〜胸、時にセットでオーヴァー・ヘッドという好条件だった。大きな波から小さな波まで対応する非常に優れたボードだ。あとは乗り手がボードの性能に追いつくことができるかどうか? これが最大の問題だろう。なんとか今年中にはそこそこの乗り手となって、ボードの愛想をつかされないようがんばらねばならない。
昨日は、台風のウネリが入っていたとはいえ、私がホームとしている浜では、非常に複雑だった。というのも、全長6km近い浜の中で最も端にあるポイントにのみ良いスウェル(ウネリ)が入っていたようなのだ。この場所は普段はほとんど人が来ない、空いている場所なのだが、昨日はこの状況を見て多くのサーファーがやってきた。
友人と「こんなに人が入っているのを見たことがないね」などと驚くほどなのだから、異常事態といわざるを得ない。こうなるとワンマン・ワンウェイヴという大原則は崩れ、一つの波に2〜3人も入ってしまうと言う状況が頻繁になる。それだけならまだしも、波に乗ろうとしている人の前から波の乗ってしまうという「前乗り(ドロップイン)」という、重大なルール違反を平気で犯すサーファーも出てくる。ピーク近くかで波に乗ろうとしている人の前を横切るようにしてやってきて、その波に乗ってしまうという行為は、下手をするとトラブルになる。
ローカルが強いポイントでは、確実につまみ出される行為だ。まだ、若いサーファーで、久しぶりの良い波だったから、全部にトライしたいという気持ちは誰でも持っている。しかし、そんなことは混雑したポイントでは無理なのだ。「周りが見えない」ということでは、世間でオバサンをよく馬鹿にするが、実は若い者も全くといって良いほど周りが見えていないのだ。
こうなると楽しい波乗りタイムは御終いだ。さっさと帰り支度をしたことは言うまでもない。
今週は、日曜日にサッカーの試合があるため、サーフィンはお休みになるだろう。奥さんが土曜は仕事だから、彼女を車で送り届けてから……という作戦もあるが、どうなることやら……である。
2001.10.5
サーフボードがきました!
9月26日時点で、個人発送の別送品の規制が解かれる見通しは立っていない、ということは書いた。先週も海で友人たちとは「こりゃ、年末年始にハワイへ行って自分で持って帰るしかないなぁ」などと話していたのだ。というわけで、その後すっかり荷物の動向をチェックしていなかったのだ。ニュースや様々な情報は、アメリカとタリバンの状況が悪くなる一方であるようなものばかりだったから、私としては本当にハワイへ取りに行くつもりになっていた。
ところがである。昨晩帰ると、ポストには運送会社の「不在配達通知」が入っているではないか! とうとう規制が解かれたのである。早速通知に書かれた電話番号に電話してみることにする。ドライヴァー個人の携帯電話のようだ。しかし、何度掛けても通話中を示す音だけが虚しく鳴るだけなのである。いい加減、頭に来て運送会社へ電話をする。こちらとしては待ち焦がれた可愛いボードがやってくるのだ。しかし、ドライヴァーとは連絡が取れないというニベもない返答。結局、翌日(ということは本日)の20時以降に配達してくれるように頼んだ。
ヤケ酒を痛飲したことは言うまでもない。
私も学生の頃運送業界でアルバイトした(奇しくも、かつてのバイト先と同じ会社にボードの輸送を依頼していた)経験から、サーフボード、特にロングボードのようなブツがドライヴァーにとってはどれだけメイワクな荷物か良く知っている。だから翌日の仕事に影響のないよう、今日中に持ってきてもらおうと思って電話しまくっているのだ。
23時頃になってドライヴァー本人から電話が入る。番号非通知の電話は繋がらないように設定されていた、というのがドライヴァーの言い分だ。夜遅く電話してきたことや連絡が取れなかったことなどの詫びも入れずに、明日は何時に届ければいいか? などと言ってきたから、酔った勢いも手伝って私が爆発したことは言うまでもない。
非通知設定してある電話が繋がらないなどというのは、連絡が取れなかった理由にならないのである。イタズラ電話が多かろうが客には関係ないのである。「今、持って来い! テメェ〜!!」とやくざの如く絡んだ。奥さんに止められて何とか本日の配達となったが、今日のドラヴァーの態度如何によっては、再び私が切れる可能性はある。
まぁ、ともかく待ちに待ったボードが無事に日本へ到着したのである。心穏やかに我が家へ迎えようと思っている。
しかし、突然の来訪であるから、我が家の受け入れ態勢が全く整っていないことに気づいた。我が家には現在、2枚のロングボードと3台のMTBが収納されている。ここに更に受け入れをしなければならないのだ。ソファの移動や、自転車ラック(床と天井を「ツッパリ棒」で繋いで、2台の自転車を収納できる)の移動が必要となってくる。ボード受け入れ前に、かなりの作業が必要だ。
何はともあれ、我が愛器の年内日本デヴューが実現できることになった。目出度い!
2001.10.4
痴漢に遭遇した。
今朝の通勤電車の中でのことだ。当然のことながらギュウギュウ詰めの満員電車だ。私は吊り広告を見たり(よほど良いポジションが確保できない限り、私は朝の電車の中で本は読まない)、爪先立って脹脛の筋肉を強化したり、電車の揺れに合わせてかかってくる重みを腹筋や背筋を使って耐えることに熱中していた。
私の前には二十代半ばと見える細身の女性が、ややこちら向きになって立っている。なかなか見れる顔だな……程度の感想しかなかった。私は部分的な筋力強化に集中していたのだ。今日はヤケに重いな……と思っていたのだが、どうやら原因は前の女性である。必要以上に私にもたれかかっているのだ。これが男なら許さないところ(揺れの反動を利用して弾き返したりといった様々なプレッシャーを与えるのだ)なのだが、まぁ、女の人だからと放置していた。
ふと気づくと、心なしか前の女性のかおが上気している(これは、後から思い返してみて気づいたことだが)。電車の揺れや人の乗り降りで、いつしか彼女と私は正面から向き合う形で密着してしまった。そのうち、私の大腿部が暖かく柔らかいものに挟み込まれた。な、何と前の女性が私の大腿部を自分の脚で挟み込んでいるのだ。それでも鈍い私は「おいおい、そこまでして人に寄りかかって楽したか?!」的感想しかなかった。
そうこうしているうちに電車が停車するためにブレーキがかかる。雪崩の如く前方へ流れる人の体重。私は右腕一本で手摺に捉まり、自分を含めて少なくとも3〜4人分の体重を支えてるハメになった。……とその時である。サワサワと股間に走る違和感! 私の大腿部を挟み込んだ前の女性が、私の股間に……!!!
こういうとき、咄嗟に取る行動とか湧き出る感情というのは、違和感から「逃げる」ということだけだ。必死に腰を捻って交わそうとするが、満員電車の中では思うに任せない。左手で防御しようとするのだが、左隣の人と自分の身体にサンドウィッチされた左手は微動だにしない。何にも増して、3〜4人分の体重を一手に引き受けている状態とあっては、抵抗するすべがないのである。
ただひたすら、早く駅に到着することを願うのみであった。
後から考えてみたのだ、私は痴漢に遭うようなタイプの人間であろうか? 確かに筋力トレーニングに集中するあまり、薄らボケ〜ッとしていたことは間違いない。しかし、これまでの人生で痴漢に遭遇するなどということはなかったのだ。どのようなタイプの男性が痴漢に遭うのかは定かではないが、私のようなタイプは、間違っても遭わないタイプだろう。それは今でも変わらない気持ちだ。
だからこちらとしては、まさか痴漢などに遭遇するとは思っていないから、必要以上に凭れ掛かられたり、大腿部を挟み込まれたりという行為に対して、まったくトンチンカンな反応をしていたことが今回の事件の原因だろうと思う。犯人はそういった「誘い」を私が我慢した、あるいは受け入れたと勘違いして大胆な行動に移ったのだと推察している。「油断」していたとしか言いようがない。
しかし、そんなことよりも痴漢される側の精神的ショックが如何に大きいかを実感した。過去、痴漢に遭った女性が犯人を次の駅で引き摺り下ろしたシーンを目撃したが、あんなことは相当太い神経の持ち主か、痴漢慣れしている人しか出来ないだろう。驚きや恥ずかしさなどが入り混じった複雑な感情が渦巻き、どうしていいのか分からなくなる、というのが私の反応であった。
痴漢されたら、騒ぎ立てるなりブン殴ってやるなりすればいいじゃねぇか! というのが今までの私が持っていた正直な感情である。こんな反応は、前述の女性のようなツワモノしかできないのだろう。ある意味、かなり図太い私がパニックに陥るのだから、世のか弱き女性たちがパニックに陥るのも納得がいくというものだ。「まさか自分が遭遇するはずはない」という思い込みは、事故や凶悪犯罪だけではないのだということが実感できた。
「車内のメイワク行為」の被害に遭って、苦しみ悩んでいる女性の気持ちを垣間見た朝であった。
2001.10.3
「うんこ」について語ろうと思う。
排泄行為というカテゴリーで見れば、ごく当たり前であり非常に大切なことなのだが。独特のニオイや形(腹具合によっては様々に変化するが……)が、汚いとか恥ずかしい行為というイメージが一般化している。確かに(女性用トイレは除いて)小便と比較した場合、パーテーションで囲われた、いわゆる「密室」に篭って行われるために、前述のようなイメージが付きまとうのかもしれない。
小学生、中学生などは、大きい方を学校のトイレでしたことがバレるとイジメのネタとなるという。学校のトイレでうんこができないのだ。私も小学生、中学生時代は、便意をもよおすとわざわざ家まで帰ってしていたような記憶がある。恥ずかしかったのだろうと思う。今となっては当時の記憶があまりないから、正確なところはわからないのだが。
もう一つ理由として考えられるのが、現在のことは定かではないが、学校のトイレといえばすべて和式だったことが挙げられる。私の実家は、トイレが和式だったことがないのだ(2001.7.25参照)。歳を重ねると共に「羞恥心」というものは薄れていく。しかも、歳を重ねるごとにその度合いはどんどんエスカレートしていく傾向にあるようだ。高校生になると学校でうんこができるようになり、大学生になると、学校のすべての施設のすべてのトイレでうんこしたという記録を誇るようになった。
これは別の見方をすると、うんこは確かに汚いが恥ずかしい行為ではないということが分かったということだろう。お人形のように可愛く、綺麗な女性(特に女優などに使われる)への形容に「うんこもしないような……」というのがある。これなどは、自然の摂理に反するほど綺麗だ、というある種の「畏れ」を含んだ形容で、逆に「あんなに綺麗な人でもうんこするんだぞ!」という言い回しもある。
子供のときの羞恥は、まだまだ可愛い。これが大人の男女関係になるとかなり深刻な事態へと発展する。「初めてのうんこ」といったところか? 恋人あるいは配偶者の前で、明確にうんこをしにトイレへ行くという行為は、かなりの精神的ストレスを生むらしい。この「らしい」という表現を使ったのは、私の場合に限って言えばまったくストレスを感じないからだ。普段の会話から「うんこ」「おしっこ」など下ネタ系を連発し、便意をもよおせば「うんこしてくる」と高らかに宣言してから行くからだ。
しかし、一般的には好きな人の前でトイレへ行くという行為にはかなりの勇気がいるらしい。ある女性の話なのだが、以前付き合っていた彼との初デートのときのことだ。喫茶店で待ち合わせし、映画を見て食事をする、というお定まりのコースを通った後、小洒落たバーでお酒を飲むに至った。突然尿意が彼女を襲ったが、彼に「うんこか?」と勘繰られるのが怖くてトイレに行けなかったというのだ。結局我慢に我慢を重ねて、駅で別れた後トイレへ突進したのだそうだ。
夫婦の関係になっても、友人の話などを総合すると新婚当所はやはりこの問題に悩まされるらしい。我々バカ夫婦の場合はどうであっただろうか? 思い返してみると、お互いにそのような緊張を孕んだ一瞬の記憶というのが全くないのだ。初めて出逢って2回目のデートの時には、奥さんは私の「放屁攻撃」に曝されていたのだから、当然といえば当然なのかもしれない。また、一人暮らしをしていると、トイレのドアを閉めずに「事に及ぶ」ことも珍しくない。その癖がつい出てしまい、我々は結婚前に、ドアを開けっ放しで事に及んでいるところを互いに目撃してしまう、という哀しい過去を持っている。
排便と、排便行為そのもを連想させる放屁を異性の前でできるようになってしまえば、もうロマンティックな雰囲気など吹っ飛んでしまう。ましてや行為そのものを互いに見合っているのだから、もう排泄行為においては怖いものなし状態だ。
こうしてバカ夫婦のバカ夫婦たる大きな第一歩が踏み出されたのだ。
2001.10.2
今日は非常に貧乏臭い話をしようと思う。
久しぶりの料理の話だ。非常に簡単でたいそう美味いのだが、レシピはここに書くことが恥ずかしくなるほど貧乏臭い。恥をしのんで発表しよう。懐具合の苦しい学生とか一人暮らしのサラリーマンなどにはウケるのではないか? と考えている。出だしからかなり言い訳がましい。
その1。
「水餃子」を作るときには、鍋に湯を沸かしてそこへ餃子を放り込む。10個、20個と茹でていると、当然ながら餃子の中身の「エキス」が鍋の中に出てくる。前々からこの残った「茹で汁」をもったいない! と思っていたのだが、先日この茹で汁を活用してみようと試みたのだ。
水餃子のためのタレは、酢、オイスターソース、ラー油(トウバンジャンでも可)、醤油だ。これを混ぜ混ぜして濃厚なタレを作るのだ。食べ終わったタレも美味いのに捨てるのは勿体無い。というわけで、このタレを茹で汁に投入してしまう。当然、これでは味が薄いから、醤油あるいは塩で味を足す。またオイスターソースなどを足しも良いだろう。こうして出来上がった「中華スープもどき」は、予想外にイケる。
刻んだネギを加えれば、もう一杯ご飯が食べられるくらいのレヴェルに仕上がっている。
その2。
しゃぶしゃぶの肉を使って「茹で豚」を作ったときの残り汁も同様の方法でスープにできる。醤油と塩、大量の胡椒で味付けしただけなのだが、豚肉から非常に良いダシが出ており、たいそう美味いスープができる。これまた、刻みネギを加えていただくと良いだろう。
このスープ、もちろんこのまま飲んでも美味いのだが、翌日に持ち越すような場合には、是非ラーメンのスープにしたい。実際、我が家で試みたときは、ラーメンにうるさい奥さんから非常に高い評価を得た。特に醤油味が好みの方なら、このスープでラーメンをいただけば間違いなく満足するだろう。もう一つは冷ご飯投入作戦だ。こうなると侘しさの極地のような物悲しさがこみ上げてきそうだが、汁+ご飯ファンにはたまらない一品になるだろう。
この二品を考えついたとき、私は「一粒で三度は美味い!!!」と自画自賛であった。しかしよく考えてみると(考えなくても分かるが……)、たいそう貧乏臭い。まぁ、人に誇れるような食べ物ではないが、一人密かに楽しむには十分ではないだろうか? 是非是非お試しあれ!
2001.10.1
人から何かを「習う」ということが苦手だ。
元々が生意気で天邪鬼な性格だから、あれこれ言われることが嫌いなのだ。この傾向は、高校生くらいから顕著になったような気がする。とにかく素直に人の言うことを聞くことが出来ないのだ。本当に素直にアドヴァイスに従ってやったことといえば、キックボクシングぐらいなものだろう。したがって、ずっと「独学」で技術や理論を習得せざるを得ない状況にあり、そのため「独学」で習得するテクニックを磨いてきた。
なぜこのようなことを書くに至ったかというと、昨日海に行った際、友人夫婦とその後輩(以前も海で合流したことは書いた。台風の日である)が前回見たときから殆ど上達していなかったからだ。確かに「独学」で物事を習得しようとする場合、ビデオでもなければ客観的に自分の姿を捉えることは難しい。また、本やビデオなどの参考となる資料がなければ、誰だって習得することは出来ないだろう。
私の場合に限って言えば、独学の基本は3つしかない。
第一は「理論の習得」だ。子供ではないから、先ずは基本となる理論を徹底的に覚える。サッカー、野球、キックボクシング、自転車、そしてもちろんサーフィンについても数冊のいわゆる「教則本」の類を頭から読んでいく。そうすることによって身体の動きを理論によって制御するのだ。これは言い換えれば基礎をしっかりと身に付けることになる。
第二は「ヴィジュアル」だ。これが最も重要かもしれない。理論を身に付けたら、それをイメージ上でヴィジュアル化してみるのだ。以前、レーサーがイメージト・レーニングであるコースを走るときのことを聞いたことがある。レーサー曰く、イメージ上での周回タイムと実際のタイムが同一になるまでトレーニングするのだという。こうすることによって、そのコースは完全に攻略できたことになるのだ。
理論をヴィジュアルに変換するという作業は、このレーサーのイメージ・トレーニングに近いものがあるだろう。このトレーニングを繰り返すことによって、私は本などの文章からインプットされた情報をヴィジュアルとして思い浮かべることができるようになった。そのスポーツ(キックやサッカー、自転車など)に身体が慣れてくれば、ヴィジュアルとしてイメージできれば、そのとおりに身体が動くようにもなった。
また、体重移動の微妙なコツなどの細かい動きはビデオのスロー再生が役立つ。プロの動きを何度も繰り返しスローで見ることによって、実際に自分が動くときの参考にするのだ。これはプロの動きを真似るわけだから、正しく美しいフォームを、自然に身に付けることができる、というメリットがある。こうして理論とヴィジュアルを徹底的に見つけることによって、実際に動くときには、いきなりかなりの動きができるだろう。
第三は「観察」だ。実際に動いている人を間近でみることは、ヴィジュアルをよりリアルに頭の中に叩き込むことができる。この人だ! というターゲットを発見したら、その人の動きを徹底的に「盗む」ことが重要だ。また、トレーニング方法や対処方法など観察することによって得られることは非常に多い。理論とヴィジュアルの完成には欠かせない要素だ。
ここまでくれば、実際に自分がやるときは、まさにビデオを再生するように身体が動くハズである。
ところが人間そうはうまくいかない。自分のイメージと現実のギャップに苦しむことになる。このギャップがすぐに埋まるかどうかで、自分の才能のある無しを測ることもできるだろう。また、このギャップを少しずつでもいいから埋めていく作業が、達成感とか征服感、充実感といった喜びや感動を生むのだと思う。
どうしてもうまくいかないことが出てくれば、再び理論やヴィジュアルに立ち返って、動きを頭でイメージできるようにする。結局はこの繰り返しなのだが、そこに様々な要素(人間関係や自然環境など)が絡んでくることによって、面白さは更に広がっていく。
私が新しいことにチャレンジしていく原動力はこんなところにあるのかもしれない。
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