どこまでがJazzか?


Jazzに対する一般的なイメージとはどういうものであろうか?

大抵の人がビッグ・バンドやトリオ(この場合、圧倒的にピアノ・トリオだろう)やクァルテット、クィンテットなどを思い浮かべるだろう。当然ながら、楽器はアコースティックだ。また、ジャズ・ヴォーカルというのも連想が容易いだろう。このようなイメージとともに、曲の感じはやはり4ビート。テンポが速かろうが遅かろうが、イメージされるリズムだろう。

かく言う私も、こうしたイメージから完全に脱却しているとは言い難い。Jazzというイメージの根底には4ビートがあるし、アコースティックの音がある。

しかし1970年代以降、Jazzは様々なジャンルの音楽と融合してきた結果、一般的にイメージされる姿とは違ったものになってきている。80年代には「フュージョン」という言葉がカテゴリーとして作られるほどだから、その変貌振りは急速且つドラスティックであったことが分かる。8ビート、16ビートを取り入れ、楽器はほぼ完全にエレクトリックになった。

こうした背景には、マイルスの挑戦があることは言うまでも無い。彼が試した様々な実験的な試みが、聴く者にも演奏する者にも混乱とその後の変化への影響を強く与えたのである。特にその後のミュージシャンたちが好んで取り上げたのが、黒人主流の音楽ということもあるが「ファンク・ミュージック」との融合だろう。自然と身体が動き出してしまうようなリズムに難解なリフやソロを乗せるという手法は、多くのミュージシャンたちのアルバムで耳にすることができる。

こうなってしまうと、どこまでがJazzなのか分からなくなってしまう。

ジャズ・ミュージシャンのアルバムにポップな歌物が入っていたり、マイルスのようにマイケル・ジャクソンやシンディ・ローパーの曲をカヴァーしたりしていると、Jazzという言葉を使うのが良いのかどうか? という感じになってしまう。ポップなリズムと複雑なリフのテーマでも、ソロになると分かりやすいAABA(しかもコードは2つ)の単純な構成で曲が進むことが多いという特徴もある。

特にマイルス・バンド出身のボブ・バーグやマイク・スターンの曲にこの特徴が顕著だ。こういう分かりやすい人たちは、「作曲」という過程での自己表現のために4ビートや伝統的な手法を離れている、という解釈ができるのだが、マイルスのような一般人には理解できないような頭の中身の持ち主には付いて行けない。

というわけで、私が下した決断は……「どんな形の曲であろうとも、インプロヴィゼーションを含む曲は、これすべてJazz!」だ。分からないからヤケッパチであることは言うまでも無い。


-もどる-