books review 2001.8.1
■「皇女アナスタシアの真実」 柘植久慶 小学館文庫
ドキュメンタリー物。
数ある作者のドキュメンタリー物の中では、比較的マイルドな仕上がりになっている。ロシア・ボルシェヴィキ革命で悲劇の幕を綴じたロマノフ王朝の継承者、皇女アナスタシアの数奇な運命を克明に描き出す。定説では、ロマノフ王朝の人々は、革命のときに全員死亡していることになっている。このアナスタシアを名乗る女性が本物かどうかの争いがヨーロッパを中心に行われていたことは有名。
中世から連綿と受け継がれてきたヨーロッパ貴族の文化や縁戚関係の複雑さ、様々な人間関係が交錯し、アナスタシアを翻弄する。本物と知りながら、過去の関係や自らの血筋の保護、経済的理由などで彼女を認めることを拒否する貴族たち。歴史の裏話的な面白さは抜群で、非常に分かりやすい。
ヨーロッパの歴史に造詣が深い作者ならではの作品。
■「逆撃ヒトラー奪還作戦」 柘植久慶 中公文庫
歴史タイムトリップ・シリーズ。
過去をタイムトリップできる特殊能力を有する主人公が、様々な過去の戦場へタイムトリップし、活躍する。第二次大戦中のドイツを舞台に、ヒトラーの「ダブル説(影武者説)」を題材とした面白い作品。作者の戦略、戦術を当時の史実を元に当て嵌めていく手法は、現代の戦略が過去にどのように影響を及ぼすかが分かる、貴重な試みだと思う。
淡々とした文体が、血生臭く興奮状態にある戦場風景を冷徹に描き出す様は、さすがに実戦経験がある作者ならでは。どこまでも冷静さを失わないところは、感情や物語の昂ぶりを感じないため、賛否両論分かれるところだが、面白さに引き込まれて最後まで読ませる力量を有している。
■「血まみれの野獣」 大藪春彦 徳間文庫
大藪お得意の復讐物。
二輪ライダーとして絶頂を向かえた主人公が、父の会社が乗っ取られたことによって人生が狂っていく。父を助けようとしたが、逆に傷害罪で逮捕され、両親は自殺、財産はすべて乗っ取り屋に奪われてしまう。それだけでなく、日本でのレーサーとしての地位や恋人も失ってしまう。主人公は復讐を誓う。ヨーロッパに逃れて、レーサーとして再スタートを切った主人公は、F1の頂点を極め、日本へ帰ってくる。日本のレース界に、乗っ取り屋に壮絶な復讐が始まる。
典型的な大藪復讐物であるが、この作品はレース界、モータリゼーションの技術論、ドライヴィング・テクニックについての詳細な記述が特徴だ。さらに、主人公が資金調達のために行う日本ダービーの売上金強奪は、府中で実際に行われた「3億円事件」のモデルだとされた、いわく付きの作品だ。この作品が発表された一年後に事件が起きたため、当時大藪氏は取材や事情聴取を数多く受けたという。
モータリゼーションに興味のない方は少々退屈な描写もあるが、圧倒的なスピード感やストレートに進んでいくストーリー展開は、安心して最後まで読み切ることのできる逸品だ。
■「闇の狼」 阿木慎太郎 祥伝社
空手を作品の重要なアイテムとして使うことが多い作家の作品。
非常にクールで、独特の語り口を持つ文体は、もっと評価されても良いのではないだろうか? 特に格闘技による対決シーンは、秀逸。スピード感やディテイルが抜群に良く、また経験がなければ書けないリアリティがある。
ストーリー展開自体は、結構使い古された物なので、それが評価を今ひとつ受けられない原因かもしれない。格闘技物というカテゴリー(作者自身はそう思っていないだろうが……)でいけば、夢枕獏の一連の作品よりもこちらの方が面白いだろう。
■「禍都」 柴田よしき トクマノベルズ
シリーズ二作目。
前作から10ヵ月後、復興を目指す京都に、闇の神々が襲い掛かる。前作以上にスケールアップされた「荒唐無稽さ」と入り組んでいくサイド・ストーリー。前作から中心人物を移して、別の観点からストーリーが進んでいく。相変わらず、めまぐるしい場面転換と入り乱れる登場人物が読む者を混乱させるが、やはりエンターテインメントとしては、非常に楽しく読める。
いわゆる脇役たちのキャラクターが、非常に際立っており、ストーリーとは別に彼らの会話が楽しい。また、こういったSFとかファンタジー、ホラー物の特徴として「作者しか理解していない小説世界」というのがあるが、この作者の場合は、それを非常に分かりやすく読者に伝えている。
次の作品も読みたい! と思わせる。
■「ボーイフレンド・ジャケット」 片岡義男 角川文庫
かなり変わった形の恋愛小説。
作家が主人公のこの小説、形式がかなり変わっている。作者や主人公が考えたり伝えたいと思う事柄が、主人公の書く「短編小説」という形で作中に登場してくる。いくつかの章が、そのまま短編としても読める形になっており、それがまとまって一つの長編という形になっている。
非常に穏やかで優しい手触りの作品。初めてのお見合い、そして相手の女性とは、実は15年以上前から繋がりがあったということが最後に明かされる。
片岡作品というのは、非常に不思議な読後感が味わえる。重く圧し掛かるタイプではないので、気軽に読めるが、実はかなり深いメッセージが込められていたりするのだ。それは、文化的な背景であったり、思春期の男の子独特の感性だったり、作者の恋愛感だったりと様々なのだが、いやらしくなくさりげない形で心の端に留まる。
やはり、夏の午後に読みたい。
■「シックス・センス 逃亡者」 デイヴィッド・ベンジャミン 竹書房文庫
ヒット映画の続編小説の第二弾。
この作品の前に「目撃者」があり、ストーリーとしては独立しているが、やや引っ張ってきている内容もある。映画がベースにあるため、ヴィジュアルとして浮かびやすい。そのためすんなりと状況やセリフに入り込めるところは、いいと思う。
しかし、内容的にはお粗末といわざるを得ない。途中というか、かなり早い段階でオチが分かってしまうのだ。また、ヒネリも何もないので、思ったとおりの展開で思ったとおりのエンディングを迎えてしまうという、呆気なさが残念だ。
■「炎都」 柴田よしき トクマノベルズ
ハードな女刑事物でデヴューした作家が書いた、ホラー&パニック物。
京都を舞台に、千年以上封印されていた鬼や妖怪、物の怪の類が復活し、街を破壊し尽くすという話。その根底にあるのが、その昔帝を愛した一人の女が、想い叶わず転生する帝を追って愛しつづけるというもの。ここに様々な神々や天狗などが絡み、話がややこしくなっていく。
下の「陰陽師」の時代の出来事がベースとなっている。しかし、あまりにも荒唐無稽な展開となっており、映像化すると、三流以下のホラー映画っぽくなりそうだ。感じとしては「ゴジラ」や「ガメラ」に限りなく近い。こういった荒唐無稽さをどう取るか? というところで好き嫌いが分かれそうだが、エンターテイメントとしては、楽しく読むことができる。
続編が2作出ている、シリーズ物でもある。
■「陰陽師」 夢枕獏 文春文庫
人気シリーズの第一弾。
NHKでも現在放映中だが、小説世界のほうがずっとおどろどろしく、リアル。陰陽師とその朋友が京の街に蠢く魑魅魍魎を相手に繰り広げる活劇物の短編集。この二人の会話のテンポが抜群に面白い。読んでいて、その場の雰囲気や情景が容易にヴィジュアルとして浮かんでくる表現力は抜群。
夢枕獏の一連の格闘技物は数多く読んでいるが、時代物は初。ストーリーとは関係のない説明や、くどくてコッテリとした形容が読みにくいと言ってしまえばそれまでだが、それを圧倒する面白さは郡を抜いている。
面白い。
■「波乗りの島」 片岡義男 角川文庫
連休前半の本棚整理で出てきた、昔の本の再読。
日系ハワイアンの主人公を通して見る、波とサーフィンとハワイの文化に関するセンチメンタルなストーリーを集めた短編集。
克明な波と波に乗った人でないと感じることの出来ない感覚を、見事に描いてみせる表現力は特筆すべき点だと思う。ノース・ショアという、ワイキキあたりをウロついているだけでは決して見ることも感じることも出来ない、本物のハワイを感じ取ることができる。さらには、地元に住むハワイアンたちの生活やものの考え方、感じ方を独特なタッチで描き出し、ハワイの本当の姿を浮き彫りにする。
サーフィンというエクストリーム・スポーツの原風景がここにある。
■「ハンニバル 上・下」 トマス・ハリス 新潮文庫
レクター博士シリーズの最新。
前々から所有していたが、冒頭の部分で面白くない、と投げ出していた物。映画公開に際して、観る前に読もう、という考えで再挑戦した。
本としては、前作「羊たちの沈黙」の方が面白かったように思う。最初の「レッド・ドラゴン」が最も面白くない。ホラーなのか? サスペンスなのか? ミステリーなのか? どういう角度でもいいのだが、最も面白いのはフレンツェの章だろう。博士の知的な生活が堪能できる。このような文化的、知的生活を送ることが博士の望みだったのだろう。
ショッキングだと言われた部分(脳を食す)については、あまりショッキングだとは思わなかった。
全体的には、ゆったりとした立ち上がりから、スピード全開の後半、多くの場面展開と外国文学のパターンを踏襲した作品だと思う。しかし、冒頭の退屈さを乗り切れば、あとは最後まで一気に読ませてくれる面白さを持った作品だ。
■「イローナの四人の父親」 A.J.クィネル 新潮文庫
クリーシィ・シリーズ以前に書かれた、クィネルの作品。
冷戦時代が舞台となった、スパイ小説の傑作。ハンガリー動乱時代に一人の娼婦を巡って、アメリカ(CIA)、イギリス(MI6)、ドイツ(BND)、ソ連(スペツナズ)の4人の男が関わりを持った。その後娼婦は妊娠し、4人の男は娼婦に招待され、彼女の家に集う。誰が父親か? ということは問わず、生まれてきた子供は四人の子供として育てていくことが決まった。
それから月日は経過し、4人の父親はそれぞれの仕事で能力を発揮する。母(娼婦)が死に、娘(イローナ)に彼女の生い立ちが告げられる。娘が14歳になったとき、彼女は父親たちに手紙を書き、再びハンガリーに集うことが決まる。
父親たちのそれぞれの仕事を描く章が設けられ、迫真の諜報世界や歴史の舞台裏が描かれる。ハンガリーに再び終結したところから事件が起き、それを東西のスパイが協力して行動する、という非常に珍しい設定が非常に面白い。スパイや特殊部隊隊員の心のありようや私生活の場面も描かれ、非常に興味深い。
クライマックスのどんでん返しもよく練られた展開で、かなり長いストーリーを最後まで飽きずに読み切ることが出来る。
傑作。
■「いつか海に消え行く」 北方謙三 角川文庫
約束の街シリーズ第5弾。
ある事件を担当担当したことにより、妻が殺された元弁護士。今は南の島(沖縄列島の中という設定)で大物の一本釣り漁師をしている。そこへ約束の街にすむキャラクターたちが出かけてきて、主人公と出会う。
南の島のシーンが非常に印象的なこの作品。男の料理や男の生き様など、相変わらずの北方節は健在。ハードボイルドに興味がなくても、十分楽しめる。約束の街へ舞台を移してからの結末までのスピード感は、駆け足と取るか、スピード感と取るかは分かれるところだろう。
北方作品はやはり面白い。おすすめ。
■「狩りのとき 上・下」 スティーヴン・ハンター 扶桑社文庫
ボブ・リー・スワガー・シリーズの最新刊。
かつてヴェトナム時代にボブとコンビを組んだスポッター(スナイパーの助手のような存在)、ダニー・フェンとその周辺を取り巻く人々が関わる事件が、忘れられたころ頭をもたげ、ボブを襲う。
オープニングからいきなりショッキングなシーンで強烈なインパクトをもたらし、その後ダニーを中心にヴェトナム時代へ話が移る。そこで展開されたボブを伝説たらしめる戦闘シーンは圧巻。ヴェトナム映画など吹き飛ぶリアリティと緊迫感は、これだけでも一冊の小説として通用する。
ヴェトナム時代から現在へ戻り、ボブがケリをつけるために動き出し、結末を迎えるまでに二転三転するストーリは、つまらないミステリーなど足下にも及ばない。最後は多少、荒唐無稽? と思わせるところもないではないが、最後まで一気に読める面白さは、ここ最近の翻訳物にはなかった。
超おすすめ
■「眠たい奴ら」 大沢在昌 角川文庫
大沢の力作。
慣れ親しんだ六本木を離れ、東京から二時間以上の温泉町が舞台。主人公が限られた地域で起こる事件に巻き込まれていく、というストーリーは、ある意味北方作品と通じるところがある。かなりの長編作品なのだが、北方ならこの三分のニくらいの量で完結させるだろう。
はぐれやくざとはぐれ刑事がお互いのホームグラウンドとは別の土地で活躍する、活劇タイプのストーリー。落ち着いた語り口と、スケールの広い状況設定、細かく描写・説明されていく状況、二転三転して深まっていく謎は読む者を惹き付ける。
ストレートでスピーディなストーリー展開と、バカ丁寧なほど書き込まれる人物描写(特に内面)では北方。スケールの大きさと状況設定では大沢。どちらも、現在の日本のハードボイルドを代表する作家だけに今後も注目だ。
■「魔弾」 スティーヴン・ハンター 新潮文庫
ボブ・リー・スワガー・シリーズのそしてハンター自身の原点となる作品。
今回もタップリと射撃の醍醐味を伝えてくれる秀作。
舞台は終戦間近のヨーロッパ。ナチス・ドイツの「マスター・スナイパー」と呼ばれた伝説的兵士と「吸血鬼(ヴァムピーア)」という新兵器を巡り、ユダヤ人、イギリス人、アメリカ人が繰り広げる追跡劇。ロンドン、ドイツ横断、最後はスイスの山岳地帯と、ストーリー展開、スケールの大きさとも素晴らしい。
登場人物が抱えるそれぞれの心の問題や人間関係が交錯する中で、ストーリーは停滞することなくグイグイ進んで行く。歴史の中に埋もれてしまった一つのエピソードとして、本当にあったことかもしれない?! と思わせるようなリアリティと、銃のネタでここまでストーリーを展開できる力はスゴイと思う。
おすすめ。
■「極大射程 上・下」 スティーヴン・ハンター 新潮文庫
ボブ・リー・スワガー シリーズの第1弾。
2000年版このミステリーがすごいの第一位に輝いた作品。
ベトナム戦争の伝説的スナイパーの主人公が、国際的な陰謀に巻き込まれ、自らのルールでケリを付けるまでの顛末を描いた、傑作。やはり、外国の小説であるから、枝葉に分かれたストーリーが随所にちりばめられているのは仕方がない。しかし、それを踏まえた上で、圧倒的なスピード感と緻密な情景描写は傑出している。
射撃の場面や銃器について、これほど緻密に描いた作品は、大藪作品以外ではこれが初めての出会いだ。超長距離射撃の醍醐味やすごさといったものがタップリと味わえる。未知の世界への扉を開かれた気分だ。
この後にシリーズが続く、この作家の作品には今後も注目だ。
■「私刑」 パトリシア・コーンウェル 講談社文庫
検死官シリーズ第六弾。
三作品に渡って引っ張ってきた「ゴールト」の殺人事件に、一応のピリオドが打たれる。
今回は主な舞台をニューヨークに移し、ゴールト一本で話しが進む。とはいっても、相変わらず主人公とその周辺を取り巻く人々とのドロドロした人間関係と、主人公の不安定な精神状態の描写は克明といえるほどしつこく書き込まれている。
オープンであっけらかんとしたイメージの強いアメリカ人だが、本当はこんなに暗い人々だったのか、と思わせてくれる。
FBIの心理分析専門チームが関わっていながら、ゴールトの人物像というのが今一つハッキリしない。それは、三作品にも渡って断片的に書かれているためだ。また、ストーリー構成上仕方がないといえばそれまでだが、一検死官がそこまで活躍できるか? という疑問も持ってしまう。
結末も引っ張ってきた割りには、イマイチ盛り上りに欠けるような気もする。
この検死官シリーズを読むに当って、一番面白かったのは、やはりなんといっても科学捜査の最前線の技術の披露だろう。「死者からのメッセージ」という言葉が頻繁に出てくるが、まさしく死者は犯人逮捕のために多くのメッセージを発している。
さらにはイタリアン大好きな人には、イタリア系の主人公が作る料理のシーンも見逃せない。様々なイタリア料理が、レストランに行かなくても家庭で美味しく作ることが可能なのだということが分かる。
このシリーズもゴールト事件が解決したことであるし、私も一応のピリオドを打ちたいと思う。この続きはまた暇なときに。
■「死体農場」 パトリシア・コーンウェル 講談社文庫
検死官シリーズ第五弾。
第四弾の「真犯人」は、家の本棚に存在しないことが判明。飛ばして読むこととする。
まだまだ懲りずに読んでいる。
「ゴールト」という連続殺人犯が(おそらく前のシリーズから)登場。その犯人の犯行とよく似た犯罪が起こり、主要登場人物たちがそれぞれ追っていくが、実は最後にどんでん返し(なのだろう)が待っている、という話し。
伏線なのか? と思っていると違ったり、関係ないと思っていたものが伏線だったりと、事件の本線とは関係ない枝道がたくさん出てくるところは、前作までと変わらない。さらにうんざりさせられるのが、主人公のドロドロした人間関係。そして、生き方。
救いようもなく暗く、深く落ち込んでいく読後感は、かつて全米でメチャクチャな視聴率を叩き出し、鳴り物入りで公開されたテレビ番組「ダラス」を思い起こさせる。次作でゴールトの正体が明らかになるらしいので、それを期にこのシリーズを終了させようか? とも考えている。
ちょっと違う人の作品が読みたくなってきた。
■「遺留品」 パトリシア・コーンウェル 講談社文庫
検死官シリーズの第三弾。
まだ懲りずに読んでいる。
今回も連続殺人がテーマ。数年前から起こっている、カップル連続殺人事件。見つかる死体がほとんど白骨化していたり腐乱していたりで、検死という観点からはなかなか死因等が判断できない。検死局というところの役割が死体の解剖だけではないということは分かった。
相変わらず、ストーリーや事件に関係ない主人公の感情や行動、微妙に関係はあるのだが、ドロドロした人間関係や感情の揺れなどが不必要に詰まった、ミステリーと呼ぶには少々何のある作品。作者のコーンンウェルはのこシリーズだけで大金持ちになったそうだが、なぜこんなに暗くて気が滅入るような作風の小説が売れるのだろう? と首を傾げたくなる。
■「証拠死体」 パトリシア・コーンウェル 講談社文庫
検死官シリーズの第二弾。
連続殺人が起き、主人公は捜査に参加する。その過程で彼女が巻き込まれる様々な人間関係のドロドロした部分と、政治的な問題。常に疲れて、イライラした主人公が最後にショッキングな結末を迎える、という前作とまったく同じ展開で物語が進む。
二冊読破した段階で、かなり食傷気味になってきた。
働く女性の突っ張った生き方と、精神的な葛藤が、同じ境遇の女性に受け入れられるのだろうと思う。最後までシリーズを読み切ることができるかどうか? 危うくなってきた。
■「検死官」 パトリシア・コーンウェル 講談社文庫
いまだにベストセラーを続ける検死官シリーズの第1弾。
アメリカの長編小説にありがちな、かったるい展開、余分な心理描写、脇道へ逸れまくるストーリーがすべて詰まった作品。結末は、そのかったるさからは想像も出来ないほどの急ぎ足で、思わず舌打ちをしたくなるほどだ。
このシリーズを読んで泣いた人が多いらしい。要は推理小説というよりも、主人公ケイ・スカーペッタを読むことに視点がすりかわってしまっているのだろう。彼女の私生活や過去、人間関係がストーリーとはあまり関係ない形で交差してくる。その部分だけを読み繋いでいくのも、一つの読み方だろう。
今後は、そちらをメインにシリーズ読破を目指す。
■「されど君は微笑む」 北方謙三 角川書店
約束の街シリーズの最新刊。
集英社から出版されている「挑戦シリーズ」でもやったのだが、他の作品に登場した主人公や脇役が、再登場するという手法を使っている。今回は、長く角川でシリーズ化されてきた「ブラディドール・シリーズ」の登場人物がストーリーの中心となって動く。
久しぶりに降った雪の日の翌日、主人公はある少年と少女に遭遇する。それを追って男が街にやってくる。人々の生活とはまったく別のところで、徐々に街は騒がしくなっていく。非常に狭い地域で事件が展開していく、北方お得意のパターンでストーリーは展開していく。
体を張って守りぬく「男の拘り」が、如何にバカげたものであるか、この作品ではそれがよくわかる。おすすめ。
■「彼が狼だった日」 北方謙三 集英社文庫
ヨットと海に憧れる青臭い若者が、正義に拘り、許せない人間を殺して海外へ逃亡する。その後、傭兵となり人間的にも変化した主人公が再び日本へ戻ってくる。若者の頃から4年後、10年後の主人公を3つのエピソードで描く中篇3本。
中篇のため、ストーリー展開が多少駆け足気味だが、相変わらずの北方節は健在。拘りを気持ちのありようや生き方に反映させる手法はキザだが、男なら分かる! と思わせる。ストーリー的には、過去の彼の作品でも見られたような、ある意味ありふれた(彼の作品としては)ものになっていて、ちょいと退屈。
読み始めると最後まで一気に読ませる、勢いやテンポ、リズムは圧巻。
■「トラウマ 上・下」 ジョナサン・ケラーマン 新潮文庫
臨床心理医アレックス・シリーズ。
猟奇殺人事件の陪審員を務めた女性が、そのあまりに凄惨な状況を聞くに及び、封印されていた21年前の過去を悪夢として蘇らせる。その女性が患者としてアレックスと関わりを持つことで過去を呼び覚ます。複雑に絡んだ人間関係、細かい人物描写で読み応えは十分。
推理小説の類なのだろうが、あまりに長すぎて少し焦点がボケ気味。最後に二転三転するどんでん返しも不必要に思える。もう一つくらいはシリーズを読んでから、面白いかどうかは判断したい。
■「諸氏乱想」 船戸与一 徳間文庫
副題にトークセッション18と謳われている通り、船戸が18人の「漢」と対談する。
野球選手、ボクサー、力士、棋士、探検家、ジャーナリスト、作家、新右翼、俳優、画家、コメディアン、映画監督、予備校講師……職業は様々だが、一般受けとは程遠い、本当に船戸が話したい相手(ということは、かなりハードな人達)とのまさにトークバトルとなっている。
どれもこれも興味深いセッションとなっているが、特に晩年の大薮春彦、新右翼の鈴木邦夫、戦場カメラマンの長倉洋海との対話は非常に貴重&面白い。
■「ラビット病」 山田詠美 新潮文庫
山田さんが横田のエアフォースと結婚したばかりのころの作品。
彼女の結構シリアスなラブ・ストーリーとはちょっと趣の違ったコメディ&ユーモア爆発の笑える作品になっている。お金持ちでメチャクチャな我侭女ゆりと純情で真面目でちょっとおバカなロバートが織り成す日常風景をオムニバス形式で描いている。
個人的なことであるが、私と奥さんを見ているようで非常に共感が持てる。笑えるし、頷けるし、泣けるし、怒れるし……。ゆりの言動に愕然としたり呆然としたりするロバート。自分を見ているようでなんだか恐い。
これ以上は恥ずかしいので言及しない。とにかく読むべし。
■「スローカーブを、もう一球」 山際淳司 角川文庫
テレビやラジオなどのメディアにもかなり露出していたので、ご存知の方も多いと思う。その語り口のままにスポーツを優しく、暖かく語る。スポーツをというよりは、むしろ選手を見つめる目が柔らかいのだと思う。
文章の構成が、テレビのドキュメンタリー番組を見ているような感じでされているため、まったく知らないスポーツや選手が語られていても、ヴィジュアル的に浮かびやすく、またすんなり入り込める。文章が上手いのだろう。スポーツ独特の緊迫感を表現するよりも、ある一場面を切り取って、そこに至るまでの人間ドラマを読ませるタイプの作品が多い。
面白い。
■「最後の遭遇」 柘植久慶 角川文庫
太平洋戦争末期の南方戦線。ある丘を守る日本兵と、そこへ通りかかった米軍の偵察隊の戦いを描いた緊迫感あふれる秀作。早い段階で双方の味方が戦死し、一対一となった段階からが本編。生まれも育ちも違う日本兵と米兵の内面や状況による戦術、戦法などが詳細にそして淡々とした文章で語られる。
息詰まる2人の対決は、大自然の静寂と見事なコラボレーションを見せる。闘いが静寂を強調し、静寂が闘いの壮絶さを強調する。
柘植久慶のグリンベレー・シリーズや大統領の刺客シリーズといった一連の作品群からは、明らかに脱却した新たな作風を期待させてくれる。
ちなみにこの作品は、過日NHKでドラマ化された。
■「ジャッカルの日」 フレデリック・フォーサイス 角川文庫
暗号名「ジャッカル」という一匹狼の殺し屋が、ド・ゴール大統領暗殺を請け負ってから射撃までの顛末を描いた作品。再読。
この手の作品は小説、漫画を問わず多数の作品が発表されているが、私的にはベストだと思う。
フランス潜入のための準備、特注狙撃銃の作成、狙撃ポイント確定までの現地調査、逃亡のためのルート作りと準備などなど、一発の弾丸を発射するためには如何にすべきか? プロフェッショナルの本当の仕事とはどんなものか? を伝えるために膨大なページ(作品の90%以上)を割いている。
そういう意味では、スピード感や緊迫感にはやや欠けるかもしれない。その点を突いて退屈だといわれるかもしれない。しかし最後まで読めば、「ゴルゴ13」が如何に適当にやっているかが分かるだろう。
ちなみに、作中に登場する「特注の弾丸」について故・大藪春彦はノーマルの弾丸でも十分通用すると指摘している。
■「パーフェクト・キル」 A.J.クィネル 新潮文庫
元イスラエルの諜報員ではないか? といわれている覆面作家によるクリーシィ・シリーズ(以後、読後順次紹介)の第2弾。
爆弾テロによって妻子を殺された元傭兵が、テロ組織に対して長い復讐を敢行するという、大藪作品「傭兵たちの挽歌」を彷彿させるストーリー。しかし、中身は非常にクールで淡々とした流れで進む。この作品もまた、準備段階で膨大なページを割いている。プロフェッショナルな仕事は、詳細な情報と綿密な計画、莫大な資金の上に成り立っているということを分からせてくれる。
実際に起こったテロ事件を題材にしているため、その仔細な情報提供もさることながら、この手のプロフェッショナルたちの人物描写が非常に興味深い。感情を表に出さないし、冷酷非常で落ち着いている。これだけの克明な描写ができる作者というのは、やはり噂通りの人物なのかなぁと感じずにはいられない。
■「ブラック・ホーン」 A.J.クィネル 新潮文庫
クリーシィ・シリーズの第4弾。
今回は2部構成でアフリカと香港が舞台。漢方薬の珍品中の珍品「黒犀の角(ブラック・ホーン)」をキーワードに一つの殺人事件の復讐が、また別の復讐に結びつく。今回もまたプロフェッショナルの仕事が、淡々とした文章の中で存分に味わうことができる。
今回のハイライトは、アフリカのサバンナで繰り広げられる「追跡」と「逆追跡」だろう。追跡していたと思っていた者が、何時の間にか追跡される側になっている様を描いた場面は臨場感タップリで、読み応え十分だ。
ちなみに「逆追跡」はバックトラップと呼ばれ、アフリカのサファリ・ハンティングの世界では、手負いのライオンやケープ・バッファローなどが使う非常に危険な技であるという。
■「地獄からのメッセージ」 A.J.クィネル 新潮文庫
クリーシー・シリーズの第5弾、最新刊。
かつてクリーシーが活動したベトナム戦争で同じ部隊であった兵士からの、来るはずがない手紙が家族の元に届いたことから、物語ははじまる。東南アジアが舞台の今回は、クリーシーへの復讐を企てる者が誰かという謎解きと、復讐者へのクリーシーの逆攻撃の奇想天外な作戦がキーポイント。
詳細なアジア諸国の描写と、完璧なまでに立案された作戦行動が、読み応え十分な作品に仕上がっている。諜報機関と関係を持たせることによって、個人での情報収集の限界を巧にカヴァーし、不自然な感じを与えないところも周到なところだ。
■「風樹の剣」 北方謙三 新潮文庫
剣の達人として成長して行く少年を描いた、ハードボイルド作家による時代物、日向景一郎シリーズ第1弾。
祖父と旅をしながら剣の修行を積む景一郎。祖父の死後、父を斬ることを目的に全国を旅する。北方らしい暗くキザな文体は相変わらずだが、時代物ということもあって、キザ度は彼の現代物から比べれば低くて読みやすい。
ある行為(例:水に潜ること)にとことん拘ることによって、特別な意味を持たせたり、登場人物の感情を反映させる手法はこの作品でも健在。というより、彼の作品というのはある意味これの繰り返しであって、純文学で培った描写力が彼独特の世界を展開する。
時代物に小説世界を転じることによって、現代物に課せられる様々な制約から解放された新鮮な北方作品だと思う。
■「降魔の剣」 北方謙三 新潮文庫
日向景一郎シリーズ第2弾。
非常に優れた能力を持つ者が静かに暮らしているというのに、ちょっとしたキッカケ(出遭いや事件)で大きな事件に巻き込まれ、その能力を発揮して活躍する……というパターン化されたスタート。前作から5年後、場所は江戸という設定。
今回は場所が固定されているため、こだわり物が増えた。焼き物、薬草、病、大きなストーリーのうねりの中に小さな波がちりばめられていて、最後まで飽きさせず一気に読める。割りと女々しいタイプの主人公が多い北方作品の中にあって、景一郎のクールさに好感が持てる。
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