鎖
世界ラリー選手権の一つであるフィンランド・ラリーは、舗装路のように固く締まってスリッピーなグラベル(未舗装)路面と多くのジャンピング・スポット、そして屈指の高速コースとして名高い。その特殊なコース状況から、地元フィンランド出身のドライヴァーにしか優勝できないといわれている。
フライング・フィン(空飛ぶフィンランド人)という別名の通り、フィンランド人ドライヴァーのラリー界における成績はずば抜けている。あらゆる状況で強さを発揮し、歴代のチャンピオンにその名を連ねている。
ヘンリ・ピーロネンと相棒のイギリス人アンドリュー・ペイジは、この四年間というもの、ここフィンランドでまったくいいところがなかったなかった。毎回上位に着けていながら、彼らがブリッジ・コーナーと名付けた、たった一つのコーナーをクリアできないためにリタイアしている。
ブリッジ・コーナーは、毎年ラリーの中盤に設定されるスペシャル・ステージにある高速コーナーで、二百メートルほどの直線のあとにほぼ九十度左へ曲り込む。曲り切ったところに小さな橋がかかっているため、彼らはこう呼んでいる。
四年前はイン側をショートカットし過ぎて、草の中に隠れていた岩をヒットして、左の前輪を破損した。三年前はオーバースピードで突っ込み、曲り切れずに橋の欄干を突き破って、川へ転落した。一昨年はマシンをアウト側へ寄せ過ぎ、コーナーの手前で路肩に落ち、七回転半の大クラッシュをやらかした。去年は初日にエンジントラブルでリタイア、このコーナーへ辿り着くこともできなかった。
ピーロネンは地元出身ということもあり、不安感と焦燥感を募らせていた。地元新聞でも「魔のコーナー、ピーロネン今年はクリアできるか?」などと書き立てられ、彼の感情を逆撫でする。
今年は緒戦から調子が良かった。第一戦からベストファイヴ以内に入り続け、優勝も二回している。ポイントランキングでは三位につけ、このままの調子でシーズンを終えれば彼にとって二度目の世界チャンピオンを狙えるところにいるのだ。
だからこそ、このフィンランドを落すわけにはいかなかった。例年通りにここでリタイアすると、チャンピオン争いから大きく後退することになる。例年通りに……そう、こういう言い方がもう当たり前になっている。ブリッジ・コーナーは、年毎に大きく重くピーロネンにのしかかり、彼の心を縛り付けていった。
ナヴィゲーターであるペイジは、至極気楽に受けとめていた。彼は生まれついての楽天家である。「なぁに、たまたまツキが向いてなかっただけのことさ」と笑い飛ばす。相棒に気を使っているのではなく、本気でそう思っているのであった。
ペイジの気楽さも、ピーロネンの心を癒すことはなかった。重苦しい気分のまま、彼らはラリー初日を迎えた。
ピーロネンの精神状態とは裏腹に、彼の肉体もマシンの調子も絶好調であった。ペイジとのコンビネーションもぴたりと合い、彼らは序盤から昨年のチャンピオン組と共に飛び出した。すべてのスペシャル・ステージで秒差の争いを続け、トップタイムを分け合った。
初日を終わってみれば、トップのチャンピオン組に七秒差の二位に着けていた。三位以下には三十秒以上の差をつけており、上位二組による一騎討ちの様相を呈してきた。
現在のラリー界においては、マシンもドライヴァーの実力も非常に拮抗している。一日数百キロメートルを全力で走っても、数秒から十数秒の差しかつかない。その差はドライヴァー自身の集中力や、わずか数センチメートルの走行ラインや時間にして一秒以下のブレーキングの差でしかない。大きく差がつくとすれば、それはタイヤ選択のミスかドライヴィングのミスである。
ラリー二日目の午前中を終えて、チャンピオン組とピーロネン組の差は三秒に詰まっていた。午前中最後のスペシャル・ステージでチャンピオン組がハーフ・スピンを起こし、十五秒あった差が一気に縮まったのだ。
午後最初のスペシャル・ステージ。ピーロネン組は、チャンピオン組がスタートした二分後にスタートする。ラリーは、モータースポーツの中でも最もスタートに時間が掛かる。一台づつ二分間隔でスタートするからだ。
スタート十秒前になったところで、ピーロネンはギアを一速に入れ、エンジン回転を六千五百回転に保った。ペイジが、とりあえず三つ先のコーナーまでペースノートを読み上げる。三、ニ、一とスタート係員の指がフロントグラスの前で折れていき、ゼロと共に腕が振り上げられる。
ポンとクラッチを離しながら、アクセルを床まで踏みつけた。通常の車の一速から四速までの間に六速のギアが詰まった、極端にクロスしたミッションのため、シフトチェンジは非常に忙しい。十秒ほどの間にギアは四速までシフトアップされていた。ちなみに、ラリー車にはモーターサイクルと同じドグ・クラッチが採用されているため、シフトチェンジのときにほとんどクラッチは使わない。
「六十、Kライト!」
「三十、イージー・ライト、イージー・レフト!」
「八十、注意! ジャンプ!」
「二十五、マックス・ライト!」
機関銃のようなペイジのペースノートが大音量で耳元に届く。タイヤが巻き上げる砂利やすさまじいエンジン音のために、有線で繋がれたマイクロフォンとヘッドフォンを通さないとドライヴァーとナヴィゲーターの会話は不可能だ。
ペイジの声をBGMのように聞きながら、ピーロネンは機械のような正確さでマシンを操った。スリッピーな路面では、タイヤの接地感は心もとない。まるで浮いているような感覚で、ハンドリングやブレーキングの効きが鈍る。
きつく右へ曲り込むコーナーが迫ってくる。五速から一気に二速までシフトダウンする。左足でブレーキを蹴飛ばしながら、一度左へ切り込む。一呼吸置いて、鋭く右へ切り返す。マシンは左へ向いたときの反動で一気に向きを変えて、四輪で滑りながら急角度で右へ曲り込んでいく。
フェイント・モーション。ハンドリングもブレーキングも鈍いこのような状況では、荷重移動とタイヤの走行抵抗で減速させながら、コーナーをクリアする。また、コーナリング中もアクセルによる微妙なコントロールが必要なため、ブレーキは左足で扱う。コーナリングはアクセルとブレーキによる微妙な姿勢制御を必要とする、まさに芸術といってよかった。
「注意! ビッグ・ジャンプ!」
約一キロメートル続く直線に、大小六つのジャンピング・スポットが連なる名物スポットだ。
低く飛ぶように注意はしているが、大きなスポットでは、車体は二メートル以上浮き上がる。ジャンプに失敗すれば、ブルドーザーをも支えられるほどのサスペンションも一発で破損する。着地の際の衝撃は、マシンはもちろんクルーにとっても過酷だ。着地のショックで腰を痛め、リタイアする組もあるほどだ。
クランク状にきつく曲り込む左右のコーナーをクリアすると、二百メートルの直線。その先にブリッジ・コーナーが見えてきた。
ペイジは気付いていたが、機械的に「二百、Kレフト」とペースノートを普段通りに読み上げただけだった。ピーロネンは不思議と何の緊張も不安も抱いていなかった。ここまでのドライヴィングがこれまでのラリー生活でも、ベストな状態に近く、ほぼ完璧な集中の中にいたのである。
二百メートルのうちにマシンは六速全開(ギア比の関係で、時速にして約百八十五キロメートルほどであった)に達していた。左足でやや強めにブレーキングしながら、ギアを二つ落す。フェイント・モーションを使いながら、約百五十キロメートルほどで、斜めにコーナーを横切るように四輪でドリフトした。
コーナーを抜け、橋を渡り切るころには五速、百七十キロメートルに達していた。
ジンクスを打ち破ることなど、実にあっけないものなのだ。ピーロネンは橋を渡りながらシフトアップするときになってはじめて、自分の心を縛り付けていた鎖の呪縛から解き放たれたことを自覚した。ヘルメットの下で歯をむき出して笑う。ペイジはピュウと短く口笛を吹いた。
次の右ブラインド・コーナーを四速百六十キロメートルでクリアしようとした。コーナー出口を塞ぐようにチャンピオン車がスピンしている。
ペイジは生まれ育った、ウェールズ地方のキールダーの森の風景を見ていた。小さな小川がいくつも流れる深い森を、まだ幼い自分が走り回っている。
ピーロネンは先月生まれたばかりの、二人目の娘の顔を見ていた。妻の胸に抱かれて、眠っている。それはラリーに出かける前、彼が最後に見た娘の顔であった。
一瞬のうちにピーロネン組のマシンは、チャンピオン組のマシンの横腹に激突した。急激な衝撃で、ピーロネンもペイジも痛みを感じる間もなく即死した。フロント部をグシャグシャにしたマシンは、チャンピオン組のマシンを裏向きになって飛び越え、あっという間に火に包まれた。
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