ある酒場での、男女の会話
「ふぅん。結構、雰囲気あるとこ知ってるじゃない」
「あそこ。あそこのカウンターに座ろう。あたし、バーはカウンターって決めてんのよね」
「それにしても、坂上くん、あなた色黒いわねぇ。こういうとこ来るとほんとよくわかるわ。ほとんど保護色よ、保護色。どうやったらそんなに黒くなれるのよ」
「あっ、あたしソルティドッグね。ちゃんとスノースタイルのグラスにしてね。坂上くんは」
「バーボン。ストレートでください。チェイサーはいりません」
「なぁにカッコつけたこと言ってんのよ。ハードボイルドなつもりなの」
「いや、いつも来てますから。いいんです。マスター、分かってますから」
「それがカッコつけてるって言うのよ。細っこくて色ばっかり黒いくせにさ」
「そうよ、日焼けの話しよ。なんでそんなに黒くなれるのよ」
「いや、地黒ですから」
「それじゃ、ここで話しが終わっちゃうじゃない。それに地黒ってだけじゃ信じられないわよ。それぐらい真っ黒なのよ、あ・な・た・は」
「そうですか」
「そうよ。一体、休みの日に何やってるのよ」
「いや、それほど変わったことしてませんよ。釣りに行ったり、岩登りしたり、本を読んだり……」
「地味だ地味だと思ったけど……。趣味も見事に地味ね。」
「あっ、すいませーん。ボストン・クーラーね」
「それにしても、カッコも地味、性格も地味、趣味も地味……。これじゃいけないわ」
「わかった。あたしが君の改造計画、作ってあげる。」
「えー。いいすっよ、そんなの。オレは今のままで十分ですから」
「何言ってるのよ。そんなんじゃ、女の子にモテないわよ。第一、日焼けはお肌に良くないわよ。今はいいわよ、若いんだから。だけどねぇ、日焼けは皺が酷くなるんだからね」
「いいですよ。オレ、男ですから」
「バカねぇ。今は男だってエステに通う時代なのよ。それにあたしが言いたいのはね、あなたの趣味じゃ、女の子と知り合うチャンスなんてないじゃないってことなの」
「大体、釣りなんて爺臭いわねぇ。釣り糸垂れて、ウキ見つめてるのが楽しいの。うちのおじいちゃんみたいよ」
「いや、そういうのじゃなくてですね……」
「じゃ、どういうのだっていうのよ」
「あー、いわゆるルアー・フィッシングというやつです」
「ルアー……。何よそれ。うちのおじいちゃんとどこが違うのよ」
「いや……ええと……プラスチックとか木でできた疑似餌をですね、使ってやる釣りなんですけど」
「分かんないわよ、それじゃ」
「ええと、反町とかヒロミとか……あの、芸能人とかがやってる……。」
「へえ、あなた意外とミーハーなのね。ふうん。」
「代官山のエヴィス・ジーンズの社長もやってますよ」
「でも、トイレはどうするのよ。女の子はあんたたち男と違って、どこでもできるってわけじゃないのよ。海だの山だの、とにかくトイレのないところはだめよ。」
「それに、魚なんて気持ち悪くて触れないわよ」
「でも……。バスフィッシングは季節や天候、気温、水温、風向き、時間帯、水質、地形なんかの自然条件とバスの性質を考えながらルアーを選ぶんです。すごく知的で、大人の遊びだと思います」
「何、雄弁に語ってるのよ。まぁ、女の子が気軽に行けないってことで、釣りはバツね」
「はぁ」
「岩登りって何よ」
「フリークライミングといいまして、自分の手と足だけで岸壁を登るスポーツです」
「あんたねぇ、自分を苛めて楽しいの。マゾっ気があるんじゃないの」
「そんなことないっすよ」
「あるわよ。辛い、きつい、危ない、疲れる……これって、あたし好きじゃなーいー」
「そんなこと言われても……」
「これもバツね」
「でも……」
「あっ、すいませーん。おかわりくださーい。今度は、何にしようかなぁ。カンパリ・オレンジにしますね」
「君も飲みなさいよ」
「……ダブルのオンザロックにします」
「それにしても……。スーツは何着てるのよ、ちょっと見せてごらんなさい」
「へえ。ジェイ・プレスなんだ。まぁ、トラッド系としては合格ね。あたしとしてはブルックスあたりで決めてほしいけど」
「オレ、そんなに給料もらってないっすよ」
「なんで。ボーナスとか分割払いとか色々あるじゃない」
「まぁ、いいわ。問題は普段着よ普段着」
「カジュアル・フライデーのときのカッコ、いつも変わらないじゃない。ジーパンにスニーカー。夏はティーシャツで冬はトレーナーかネルシャツ……。そこらのイカれたアンちゃんじゃないんだからさぁ、もうちょっとどうにかならないの」
「楽で動きやすいのが、一番ですよ」
「何言ってるのよ。あたし的には、ビームスとかシップスあたりで揃えてほしいなぁ。渋谷とか原宿でお買い物とかしないの」
「しません」
「身も蓋もない言い方ね。いいわ。今度お買い物、付き合ってあげる。あたしが頭の先から足の先までバッチリとコーディネートしてあげるわ」
「いいっすよ。釣りにでも行ってる方がよっぽど……」
「よくないわよ。あなたの改造計画なのよ」
「別に頼んだわけじゃないっすよ。松波さんが勝手に……」
「あら、可愛くないわぁ、その言い方。こんなにきれいでスタイルも良くて、おまけにセンスも抜群なあたしのアドバイスなのよ」
「地味なくせに、妙に頑固で反抗的なのよね。あなた、小さい頃よく苛められたでしょ」
「……」
「何とか言いなさいよ」
「……出てるっすよ」
「えっ、何ですって」
「鼻毛出てますよ。水牛の角みたいな」
「えっ……。えっ……」
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